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盗まれた都
女海賊の目論見を、少年はとくに信用していなかった。少年のことはちょうどいい捨て駒だと思っている。少女はおさえておけば身代金がとれる。その程度のものだと思っていた。
だが少年には勝算があった。ジャガーの影の能力が、ここ数日で身体になじんでいるのを実感していた。少女を残しておくことだけが心配の種だったが、
洞窟の海賊たちの目には、少女に対する畏れが感じられた。「私も戦えます」と言ってやってみせた、あの手品めいたまねが、少女が人ならぬものであることを、あからさまに証明していたのだ。
「じゃあ、行ってきます」少年は少女に言った。
「おみやげ、たくさん持って帰ってください」
両の拳を握りしめて、力のこもった顔で言う。笑ってしまった。食料や薬といった、必要不可欠なものの話をしていたのだろうけれど。
シカンの都は、最盛期には数万の人口を誇ったが、今は殆ど廃墟と化している。人々の多くは、世界がこの状態になって数日で死んだ。飢えよりも、寒さよりも、太陽が燃え尽きて落ちたという事実に対する神話的恐怖が、そしてそのあとに訪れた終わりのない闇への恐れが、あっけなく人々を殺していったのだ。
ボルソナロ大尉の隊は、都を占拠していた。シカン王の名のもとに代理人として都を支配している。それは、シカン人にとって叛乱を起こしにくい状況だった。だから街は比較的平穏で、守備隊の数はわずかだった。
ボルソナロ自身が率いる本隊は、今、ティカルにいるか、そこから帰ってくる途中のはずで、少なくともまる一晩の猶予があると、マイラ・ベルは見ていた。
雪は止んでいた。雲の隙間に、爪痕のような細い月が見えた。街は暗い。ほとんど灯をともしていない。
この状況なら、負けない。
少年、ジャガーの戦士は、そう思った。
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