おまえの怒りはどこにある

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おまえの怒りはどこにある

 火山の溶岩流が通り抜けたあとにできた、古い洞窟が彼らのねぐらだった。遠くに川が見えた。その水面も氷と雪に覆われていた。絨毯、タペストリー、女物の衣服。海賊たちは、どこから盗んできたのかわからないあらゆる布や毛皮で身体を包んで、身をよせあっていた。  女海賊の仲間は二十人に満たず、その半分がまともに動けない状態だった。 女海賊、マイラ・ベルはこの海賊たちの船長だったが、食料の分配を平等には行っていなかった。 「海賊は戦ってなんぼだ。動ける者を優先する。治る見込みのない者には酒を好きなだけ飲ませる。そして死なせてやる。その酒ももうなくなったがな」 「そっちの事情だ、口出しするつもりはない。それよりも、作戦の再確認だ。彼女の安全を保証できないなら、この話はない」  マイラ・ベルは口角を上げ、目を丸くして見せた。少女が言った。 「私、戦えますよ」 「え?」 「見ますか?」  少女は胸の前で両の手のひらを向かい合わせた。拳一つぶんの隙間に、まばゆく光る熱の塊が生まれ、回転しはじめた。 「みんなびっくりします」 「それだけかよ!」 「それだけで済んだほうがいいじゃありませんか」  戦えるが、殺したくない。そういうことのようだった。 「その技、使わないほうがいい。良からぬ者を引き寄せるかもしれない」  具体的には何を想定していたわけでもなかったが、少年はそう言った。半ば眠ったようにしてこちらを見ていた海賊たちの目に、畏怖の表情が浮かんでいる。 「お嬢さんにはここに残ってもらう。念のために、五人を残す。この洞窟は敵には知られていない。だから多すぎるぐらいだが」 「攻撃組は、何人だ?」 「私とあんたをいれて、六人」 「あきれたな、たった六人でシカンの都を落とせるつもりか」 「この人数だから勝算があるのさ」    シカンの都。マヤに無数に存在する都市国家の一つ。今はエスパニア軍の大尉、ボルソナロの指揮する軍隊に占領されている。王族が殺されたのか幽閉されているのか、それはわからないが、この戦いにはかかわりがない。  ボルソナロの艦は津波で沈んだ。乗員のほとんどは上陸済みで生き延びたが、補給を絶たれ、略奪集団と化した。ティカルの街を襲ったのも、このボルソナロの軍隊だった。全員が鉄の鎧と鉄の剣と火を噴く棒で武装している。それが都市周辺の村々の家の、扉一つ一つを蹴破り、トウモロコシの一粒も残さず奪い去っていく。先のことを考えない、襲われたものが全員死んでもかまわない、というやり方だった。  本来なら、盗賊でもそういうことはしない。生かしておけば来年の収穫のときにまた略奪に来れるからだ。だが、彼らエスパニア人は、いずれ本国から迎えの船が来ると思っている。マヤの国々そのものを食い尽くすことを、なんとも思っていないのだ。 「私はあいつらのやり方が嫌いだ。エスパニア人そのものが嫌いだ。オセロット、お前はどうだ」 「……オセロトルな。俺は神官戦士に選ばれて以来、自分でそういう判断をしたことがない」 「兵士の鑑というわけだ。だが海賊にはなれんな」 「何がいけない」 「我々は一人一人が己の主人だ。自分の掟に従い、自分のために戦う」 「海賊が、そんなに立派なものとも思えないが」 「自分の欲望を持たない奴は、簡単に道に迷う。おまえはどうだ。オセロット、おまえの怒りはどこにある」   
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