プロローグ

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 【ポルトヴェルデ・デイリー 一月四日朝刊】新世紀を迎えて間もない一月二日朝、港湾区四番街在住のエスコバル老人(正確な氏名、年齢など不詳)宅で三十代とおぼしき男二人の死体が発見された。警察は強盗に入ったものとして捜査を進め、すぐにこの二人がパウロ=バトゥーリォとホセ=バトゥーリォであることを確認した。二人は窃盗、強姦などで八件の逮捕歴をもつ、悪名高い兄弟であった。港湾区四番街は別名貧民区と呼ばれる治安の悪い地域で、強盗も殺人も日常の一風景にすぎなかったから、警察は死体を共同墓地に投げ込むことで事件解決とみなした。  明らかに盗むものなどありそうにない貧民区のエスコバル老人宅を、二人の強盗がなぜ狙ったかは不明である。そしてさらに重大な謎として残るのは、この二人の死因であった。  パウロとホセの兄弟は、胸、腹など数か所に大きな裂傷を負っていた。正式な検死は行われていないが、記者が市内で外科医を営むマルコ・イルーゾ医師に写真を見せたところ、大型の肉食獣による噛み傷に間違いない、という驚くべき判定が下された。犬などではなく、より大型の、ジャガーやライオンの類であるはずだというのである。  言うまでもなく、港湾区四番街は都会と海に挟まれたスラム街であり、野生動物がひそんだり、山の手の住人に気づかれることなく侵入したりすることは不可能である。  記者はエスコバル老人にインタビューを試みたが、地元住民たちによれば氏は少なくとも九十歳を越える高齢であり、記憶の障害が著しいようすで、知的な能力にも問題を抱えているように見えた。  結果として、事件前夜の出来事について筋の通った証言を得ることはできず、二人の強盗の動機も、彼らを殺害した犯人についても、謎のままである。  人口六十万の過密都市の真ん中にジャガーが現れるなどとは荒唐無稽な想像であるが、港湾区市民には警戒を促したい。
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