雨が降る 黄昏時と夜のこと

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あのときと同じ表情をしていると、大人になった今懐かしさを勝手に感じ。その顔の原因がわかるくらいには、私は小沼くんを知っている。 もう何年の付き合いだと思っているのだ。まあ、小沼くんの大親友の木之下くんとか敵わない人は大勢いるけど。 出張帰りの小沼くんは今日一日社内にいて、私がどしゃ降りの雨の中へ消えていく瞬間や、残業を言い渡されるところも、遠くの席からちゃんと見ていた。 先輩がなんで私にそんなことをしたのかも、お馬鹿でなければ答えに容易に行き着くだろう。そして優しいから悔いる。 どうするんだ小沼くん。のちに彼女が久方振りに出来たとして、それが社内の女の子なら、もうちょっと上手く立ち回らなければいけないよ。私でさえこんなんなのだから。因みに、残念ながら先輩が小沼くんと付き合う確率はほぼないと思うからそれを懸念している。 って、そうすると私も気をつけたほうがいよね。歴代の小沼くんの彼女が在籍していたときみたいに。私に彼氏がいたときも自然とそうしてくれていたし。 ああそうだ。結婚とか考える人なら、もっと気をつけなければ。 ……、 大人になった自分たちに、少し、寂しさを感じた。昔より自由になれたはずなのに、違うなにかに縛られる。 「小沼くんのせいじゃないよ」 「ごめん……芹沢」 小学五年生の出来事は、そんなに彼にトラウマを植えつけてしまったのか。小沼くんはあの頃よりもずいぶん成長したけど、面影残る眉を下げ、悲壮感を漂わせる。 窓ガラスに反射して映るそれに、小沼くんの昔と今を重ねた。大丈夫なのだと、昔のことまで拭えはしないけど、振り返り最上級の笑顔を向けた。 「もう、芹沢に迷惑かけないようにする。ていうかさ、もう、迷惑かけたくても出来ないようになるから……だから安心してよ」 「小沼、くん?」 「俺、今度辞令が出るから。転勤の」 大人になった私たちは、子どもの頃とは違う。窓ガラスの向こうは本物の夜で、小学生のあの日では一緒に過ごしているはずのない時刻。離れてしまう距離は、あの頃の二メートルどころではなく……。 「帰ろっか」 促され、今までそうしたことなんてなかったのに、突然のことに動揺したままの私は、小沼くんと一緒に会社を出た。
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