ひとりUターン渋滞

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ひとりUターン渋滞

     Uターン渋滞という言葉がある。お盆やゴールデンウィークといった連休の終わり頃、行楽地に出かけたり実家に帰省したりした人々が一斉に帰ろうとして、道路が混雑するのだ。  ここアメリカでは、お盆もなければゴールデンウィークもない。だが一応アメリカにも帰省シーズンはあり、11月下旬の感謝祭(サンクスギビング・デイ)や12月下旬のクリスマスには、都会の一部で帰省ラッシュも発生するらしい。  とはいえ、私のように州都から車で二時間の田舎町に暮らしていると、アメリカの帰省ラッシュなんて、実際に目にする機会はなく、まるで都市伝説のようなものだった。  だからUターン渋滞も無縁。あの時まで、私は、そう思っていたのだが……。 ――――――――――――  週末の夜。  北へ向かって、私は車を走らせていた。後ろのトランクに釣り道具を積み込み、目的地は州境の川。そこで夜釣りを楽しむのが、最近の私の趣味になっていたのだ。  東隣の州との間を流れる川なので、ひたすら東へ進めば、とりあえず川には到着する。だが、それでは時間がかかるので、まず二十分ほど北へ国道――片側一車線の道――を走り、そこから州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)に入って、東へ向かうのだ。  アメリカの高速道路は、基本的に無料。少なくとも、今まで私が走った道路では、料金を取られたことは一度もなかった。料金所がないので一般道と高速道路の境目は曖昧であり、そもそも国道であっても、大きな町と町との間――民家は見えず信号も少なくて二車線以上――ならば、高速道路のような感じだった。  だが州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)は、もう『高速道路のような感じ』ではなく、誰がどう見ても、明らかな高速道路だ。何よりも、制限速度が大きく違う。州によっても多少の差はあるらしいが、私の走る辺りは、時速にすると130キロくらい。実際には制限速度プラスアルファくらいで走っている車が多い、と考えれば、いやはや凄いスピードだ。  さて。  私の使うルートだと、州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)に入る少し手前に、ちょうど大きなスーパーが建っている。だから、ほぼ毎回、そこに立ち寄って買い物をすることにしていた。  日本のスーパーとは違って24時間営業、しかも釣り道具まで扱っているので、大変便利だ。消耗品を買い足したり、釣り餌を買ったりするだけでなく、自分自身の夜食や飲料水を買い込むこともあった。  この夜も、いつものスーパーが見えてきたのだが……。  そのタイミングで。  ポツリポツリと、雨が降ってきた。  釣りに行こうというのに、天気予報をチェックしていなかったとは、なんたる不覚。  後悔しながらも、とりあえずスーパーの敷地へ車を入れると……。  どんどん雨が強くなる。とてもじゃないが、釣りを楽しめる天候ではなかった。  結局、車から降りるどころか、車を駐めることもせず、スーパーの駐車場をぐるりと一周しただけで、元の国道へ戻る。  これでは、Uターンするために入ったようなものだ。  心の中で苦笑いしながら、私は、来た道を引き返すのだった。  ほんの数分の間に、さらに雨は強くなってくる。  先ほど、釣りを楽しめる天候ではないと思ったが、よく考えてみたら、それ以前に、この状況で州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)を飛ばすなんて、無茶にもほどがあるだろう。  実際。  この国道であっても、降雨による視界の悪さや路面の滑りやすが、夜の暗闇に重なると、運転していて怖いくらいだった。州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)よりは遥かに制限速度が低い国道だが、その制限速度すら明らかに下回るスピードで、私は安全運転を試みていた。  幸い、道路は空いており、前方を走る車は全く見えない。反対車線は、それなりに走っているようだが……。  という認識は、実は、少し誤りだった。  確かに、前方を走る車は全く見えない。だがバックミラーを覗いて、驚いた。私の車を起点として、その後ろには、ズラリと車が並んでいたのだ!  おそらくアメリカ人は、これくらいの暗さも雨も、へっちゃらなのだろう。しかも、私が州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)の手前で引き返してきたということは、州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)を降りたばかりの車も、私と同じ道を走っているということだ。  今の今まで凄まじいスピードで州間高速道路(インターステート・ハイウェイ)を飛ばしてきた人々にとっては、私のノロノロ運転など、まさにウサギとカメのような気分だったのかもしれない。  そんなわけで。  私は肩身の狭い思いをしながら、夜の国道をドライブするのだった。  なお当然ではあるが、一車線の国道が二車線に広がった途端、たくさんの車に抜き去られたことを付記しておく。 ――――――――――――  このように。  私がUターンしたことで発生した、この渋滞。  非常に局所的なものではあるが、これも一種のUターン渋滞と言えるのではないか、と私は思うのだった。 (「ひとりUターン渋滞」完)    
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