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◆ サユリは時折、何かを考えていた。僕が聞いても何も答えなかった。じっと部屋の椅子に座り、机の一点を凝視し、石のような硬い顔でじっと何かを考えていた。僕は、 「なんでも相談しろよ」 と言うと、サユリは突然泣き出した。ぽろりと一筋涙を零して、そこから嗚咽を漏らし泣き始める。 「なんで。そんなこと言うの?」 僕はそんなサユリを見たことがなかったのでしどろもどろに言う。 「いや……。ごめん」 「あなたには言えないこともある。あなたもあるでしょう?」 「いや。なんでも言っているよ」 と僕が言うと、サユリの眼がきつくなった。目元が絞られている。 「あなたは分かっていない」 サユリは俯いて、テーブルの一点を見詰めている。僕はどうしていいか分からず、「ごめん」と言った。 サユリはぽろぽろと目から涙を零し始め、肩を震わせて泣き出した。こんなサユリは初めてだった。僕はどうしていいか分からず、何を言ってもいいのかわからなかったので、サユリの肩に手を置いた。 「ごめんね。そんな事、言うつもりは無かったの」 サユリは涙で濡れた目を掌で拭う。僕はサユリの黒い肩まで伸びた髪に手を当てる。 「いいよ。僕の方こそ、君の気持ちがわかってやれなくて」 サユリはかぶりを振る。僕はサユリを抱きしめ、胸に引き寄せた。サユリの涙が僕のTシャツを濡らした。 ◆ 独居房で足を抱えながらサユリの雰囲気を思い出す。サユリの黒い肩まで伸びた髪。華奢な体。切れ長の目元。笑うと首を少し傾げる仕草。今、手を伸ばせた、サユリにまだ触れられそうだ。僕は窓から深夜の黒い闇を見詰める。月は満ちていて、煌々と光っている。掌を眺めると、鍬を毎日振っていた所為で、人差し指と中指の付け根に豆が出来ていた。 扉に視線を感じ、ドアの方向を見ると、深夜の黒い闇の中で、鉄格子越しに白い仮面が浮かんでいる。じっと僕を見つめる顔は隠され、目は見えず、暗闇に白い仮面だけがあった。その仮面の下にはどんな感情があるのだろう? 何を考えているかは窺い知れない。そして、鉄格子越の白い仮面をつけた男は何も言わず、僕の独居房から離れた。   ◆
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