キリシマタケアキ

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キリシマタケアキ

キリシマタケアキが現れたのは、サユリが妊娠して2か月の時だった。僕が日曜日に部屋の椅子に座って、テレビのニュースを見ている時だった。部屋のチャイムが鳴り、サユリは丁度、夕食の買い物に出かけていた。僕は椅子から立ち上がり、ドアの魚眼レンズから外を眺めると、グレイのスーツを着た、髪がぼさぼさで髭の生えた男が一人立っている。誰だろう? 記憶を探るが、今まで見たことがない人だった。 「はい」とドア越しに男に声を掛ける。すると、男はじっとドアを見詰め、 「警察の者ですが」と言う。警察?  「何か御用ですか?」と僕が言うと、男は警察手帳を胸ポケットから出してレンズ越しに僕に見せる。 「近くで事件がありまして、お話を伺いたいんですが」 事件がこの近くで、僕はもう一回、男を見詰める。よれたスーツで無精髭が生えていて、猫背の男だった。僕は、考えた末、漸くドアを開ける。 男は「警視庁のものです」と警察手帳を開けて、僕に自分の写真を見せた。キリシマ。僕はもう一回、キリシマの顔を見る。日焼けして黒くかさついた肌に、鼻の下と顎に微かに伸びた無精髭、一見警察には見えないが、眼光は鋭い。男は僕の姿を頭から足先までさらりと見る。 「警察の方が何か?」 キリシマは僕の反応を窺っているのか、 「いえ。この近くで通り魔事件がありまして」 と口を開く。男は煙草を吸っているのか、歯が少し黄色く濁っていた。 「通り魔」僕がキリシマの言葉を復唱すると、キリシマは僕の顔をじっと見詰めている。 「はい。都道25号線なんですが、夜中に女性が男に鈍器のようなもので後頭部を殴られまして、目撃されたか、ここら一帯をお聞きしています」 僕はそんな話を聞いたことがなく、 「いえ。そういう事件は目にしていません」 と言うと、キリシマはじっと僕の目を見詰め、間を置いて、 「そうですか。お時間頂いて申し訳ありません」 と言い、左手で少し顎を触った。そして、胸ポケットに手帳を直し、 「ご協力ありがとうございました」とキリシマは頭を下げた。潤いがなくかさついた毛が頭を覆っていた。
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