カネミツ

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

カネミツ

「お前、なにやった?」 今まで感じたことのない厳冬の寒さの中で凍てつく畑の前にいた僕に、突然、背後から声を掛けられる。その声に僕の作業は遮られ、両手で持っていた木鍬を地面に降ろした。声を掛けられた方を振り返ると、一人の男がいる。男は栄養失調者のように痩せていて、螺旋階段に座り、僕を見てにやにや笑っていた。男はこちらを向いて、 「何をやった?」と僕に声を掛ける。栄養が足りていない男の頬は青く痩せこけて、右頬には大きな火傷のひきつった痕がある。その青い表情のせいで赤黒い痕は男のにやけた顔に強調されて貼り付いている。男の声は声が潰れているのか、嗄れていて、冬の空気の中で、がさがさとした雑音にすら聞こえる。僕はじっと男を見詰めたまま、数秒間、間を置く。別に答えなくてもいい。だが、こういう男は大体がしつこかった。僕が口を開くと、僕の口からは白い息が漏れる。 「殺人だ」 僕は男に背を向け、また畑に向かって、木鍬を天に向かって振り上げた。 「コロシか。お前もやるな」 天から一気に振り降ろした鍬の重みとコンクリートのように固い土の衝撃で手に痺れが走る。痺れをじっと指先で感じ、それでも、僕はまた天に向かって、鍬を振り上げる。冬なのに背中が熱い。 「俺はカネミツと言う。お前の名は?」 僕は振り向いて、また男の顔を見る。男の右頬を覆った赤黒い火傷の痕は唇の端まで届いていて、顔を歪め、異種の奇妙さを感じさせる。僕はまた数秒程、カネミツの顔を見たにやついた男の顔が腹立たしい。僕はその男の言葉の真意を図りかねないまま男の方へ向かって 「イイダ」と言った。 「イイダ」とカネミツは唇で反芻した。まるで痩せた馬が草を咀嚼しているかのようだ。嫌な男だ。僕は鍬を畑の外の地面に放り投げ、作業を捨て、集団房の方に歩きだした。 「なあ、イイダ。お前は俺の事を無視できないだろう」 カネミツは僕の背後からくくと笑う。笑い声は白い空気のようにがさがさとしていて、僕の肌にまとわりついた。僕はそれを無視して集団房へと歩き出す。カネミツはいきなり高笑いしださし。その笑いを僕は背中で聞いた。嫌な男だと、また思った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!