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エンジニアとすり師
独居房の赤い夕陽はもう沈んでしまっていて、夜の闇がまた房を侵食していく。房の入り口を見ると、鉄格子から白い仮面をつけた看守が僕の顔を覗いていた。その顔からは、なんの感情も取り去ったかのように、動かない。看守に何も言わずに、そっと入り口の下から、紙とペンが差し出す。
『ほしいものは?』
ワードプロセッサーで書かれた、無機質な文字。書類もまた、看守同様、なんの印象も与えない。僕は「ほしいもの」と無言でかさついた唇を動かした。僕が振り向くと、黒い十字架が微かに揺れた気がした。
◆
僕はエンジニアだった。音響機器メーカーに勤めていて、プリアンプの設計を専門に行っていた。毎日、はんだゴテを手にし、導線と導線を繋ぐ。僕は、手先が細かかった所為か、そういった作業に向いていた。ボードが完成すると、僕はアンプの性能をアナライザーで確かめる。
音の波形を見て、高音域の波形が確かに出ると、嬉しかった。
タナカは聞く。
「エンジニア? なんだそれ?」
僕は細かくエンジニアの職業について説明するのが面倒臭いので、
「ただの音楽好きだよ」
と言うと、
「俺もだよ。それで飯食ってたのか?」
とタナカは大きな体躯を揺すって笑う。これで、繊細な掏摸を行っていたのかと疑ってしまう。
「俺は、一流の掏摸でな」
変な自慢をして、
「簡単だよ。目の前の赤ん坊をあやすようなもんだ」
説明になってない説明をする。
「今度、教えてやるよ」
「いらない」
僕が言うと、また大きな体を揺すって笑った。そして、タナカは便器に向かって放尿をする。タナカは大きな男だと思う。この僻地にいて、体調を崩さないのはタナカくらいのものだった。
「まあ、俺は別に金に困って掏摸をやっていたわけじゃないんだ」
と以前に言った事がある。
「俺の場合は病気のようなものだ。山に登るのは山が目の前にあるからだと言った登山家がいただろう? 似たようなものだ。目の前に取れる金がある。じゃあ、取らないとな」
「僕にはわからない」
「まあ、そんなもんだよ」
タナカがベッドに体を投げ出すと、タナカのベッドは軋みを立て、また元に戻る。
◆
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