独居房

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独居房

独居房に入れられたのは、3日前だった。僕が抵抗せず、逃げない事がわかっているのにも関わらず、白い仮面を付けた濃紺色の制服を着た屈強な男二人に両腕を異常な力で抱えられ、独居房にゴミのように放りこまれた。脚には手でもやっとしか持ち上げられない錘の枷を付けられている。黒ずんだ灰色の地肌の剥き出しになったコンクリートの床の上で膝を抱える。コンクリートの床の冬の空気を吸い込んだ冷たさが足先と尻に伝わってきて、凍えそうな空気の中でつま先の感覚がもう無い。冬の風はじわじわと僕の体を蝕んでいく。 深い暗闇の中で目が慣れていく。僕は何一つ物音のしない独居房で天上を見詰め、自分がしたことを思い出している。腫れた右手をさする。生々しい記憶は僕の頭に赤く溶けたジャムのようにこびりつき、何回頭を横に振っても、その光景が頭に映像化される。僕の脛を小さな黒い蟻が這っているのを感じる。蟻は何処から入ってきたのだろうか。独居房には餌はない筈なのに、何かを探すように這い回っている。僕を餌だと思ったのだろうか。突然、蟻の固い口が僕の脛をついばむ。蟻が僕の足のつま先を固い口先で食い破って、足先から血が滲みだす。痛い。痛い。僕が止めてくれと叫んでも、脛の柔らかい皮膚の中でまで、蟻は入ってくる。 冬の風が窓を大きく一つ叩いて、僕の想像は泡のように消える。深い闇の中に、逃げられないような小さな小窓から月光が差しているが、四方2メートルの独居房は電灯が点いていないので薄暗い。暗闇の中で光の当たっている壁の上方の黒い染みがこびりついている。その影は映画で観たヨーロッパの中世の悪魔が壁を覆い、今にも僕を断罪し、食うように見える。先程、脛を這っていた蟻が何時の間にか壁を伝っていた。壁には木製の古い十字架が一つ掛かっていて、窓から差し込む光が十字の黒い影を壁に作っていた。十字架は誰が架けたのだろう? 看守なのか囚人なのか? その蟻は十字架に辿りつき、懺悔をする囚人のように罪を抱え、道に迷いうろうろと這い回っていた。
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