11人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
下津 成義 Ⅷ
下津は車に乗り込むとマンションへ走り出した。真梨子さんの姿を直接見たり、声を聞いたわけではない。
ただ、確実に近くに真理子さんを感じることができた。
それだけでいい…………
それだけで心が軽くなった。
今なら一歩前へ踏み出せる気がする。
42階建ての超高層マンションに着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
ゆっくりエレベーターは上昇していき、19階も過ぎた、さらにエレベーターは上昇する。
やがて最上階までくると、
チン、
と甲高い音を立ててドアが開いた。
廊下を進み、突き当たりの非常階段を登ると、古びたドアがあった。
ギィィィという音をたてドアを開けて屋上に出ると、空には星が出ていた。
屋上から見える街のネオンは小さく輝き、まるで地上に輝く星のようでキレイであった。
下津はほぼ毎日ここに来ている。
いつか真理子さんと見に来ようと思っていたがついに叶わなかった。
真ん中辺りに設置されたフェンスを乗り越え更に屋上の奥へと進む。
屋上のギリギリの所に立つと下から吹き上げる風が来て、まるで飛んでいる気分になれるのだ。
不思議と恐怖心などなにも感じなかった。
目を閉じ、真理子さんを思い出す。
キレイな顔、
透き通るような肌、
優しい声。
全てよみがえってきた。
昨日まで引きこもり、前に進む勇気が持てなかった。
だが、今日わかった。
真理子さんの体はもうないけど、魂は今でも生きていると。
そして、その魂は今でも共にあるということがわかった。
それだけで下津には勇気が出た。
下津はスーッと深呼吸をした。
鼻から入った夏の夜風が全身に行き渡り、生きている実感があった。遠くでクラクションがなっている。
やがて、下津は大きく一歩前へと踏み出した。
一瞬フワッと身体が浮いたかと思うとぐんぐん加速して急降下していった。
どんどん地面が近づいてくる。
昨日まで踏み出せなかった一歩が、今日ようやく踏み出せた。
毎日毎日ここに来てはギリギリのところで飛べなかった。
飛び降りても真理子さんに会えないと思ったからかもしれない、
でも今は違う。
これでようやく真理子さんにまた会える。
だって、真理子さんの魂は共にあるから!!!
地面が近づいてくるなか、下津は
フフフ
と笑った。
~夏の夜風に誘われて ~完~
最初のコメントを投稿しよう!