山口 謙二 Ⅲ

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山口 謙二 Ⅲ

謙二達は男の2、3歩後ろを無言で歩いていた。 10分程歩いただろうか。 やがて男は、あちらです、と白を基調とした建物も指さした。 立派な門があり、人を寄せ付けない厳かな雰囲気を持ちつつどこか安っぽさもある建物があった。 「ここは?」 恵梨が恐る恐る尋ねた。 「ここは、皆で欲望を捨て世界の平和を祈り、それを実現させる施設です。先日、恭子さんもこちらに入会されました。」 あぁ、やはりな、、 謙二は男に会ったときから違和感があったが、男は新興宗教の関係者であった。 門には大きく宗教法人の名前が彫ってある。 聞いたこともない名だ。 「平和を祈ってるわりに、平和になってないじゃん。」 謙二は聞こえないように言ったつもりであったが、どうやら男に聞こえてしまったらしい。 「その通り!!!」 男は急に大きな声を出した。 「我々が全てを捧げ、平和を祈っているのに世界は平和にならない!なぜか!?祈りの数が足りないのです!修行を積み、すべての欲望を捨て、神に祈りを捧げなければならない!その数がまだ足りないのです!」 「欲望を捨て修行を積む、、、?」 恵梨が聞き返した。 「そうです!世の中欲望で溢れている!今、あなた方が持っているそのお金も欲望だ!欲望が無くならないから平和にならないんだ!なぜ戦争が起こるのか!それは儲かるからだ!戦争をすれば国が潤うのだ!馬鹿げている!世界の警察と自称しているアメリカを見てみなさい!各国にイチャモンをつけて戦争を、仕掛けているではないか!金は欲望の塊だ!我々のそんな欲望から抜け出すために信者の蓄えを全て預り、皆でまとめて厳正に管理しているのです!それが欲望から抜け出す一歩なのです!!」 男の演説は続いていた。 要は信者を騙して金を集めてるだけじゃないか、と喉まで出かかったがやめておいた。 恵梨がおもむろに建物を指差した。 その宗教団体の建物は1階が窓張りで中の様子が見てとれた。 30畳ほどの大きな広間に40、50人の信者が等間隔に並んでいた。 そして彼らは白いつなぎのようなものを着て、その白いつなぎには右肩から左の腰にかけ二本の紫色の線が入っていた。それが何を意味しているのかはわからなかったがそれより奇妙であったのは皆、右足で立ち、両手は頭の上で合わせ、左足は後ろ方向に伸ばしていた。 この中に恭子がいたのだ。 恵梨の様子に気づいた男は 「あぁ、あれは祈りの修行をしています。恭子さんもああやって、すべての欲望を捨て、今はあの白い神衣のみで生活をしています。」 と言うと、近くを通りかかった信者に何やら耳打ちをして、その信者は中に入り恭子を呼んできた。 謙二達の前に現れた恭子は数週間前とは様子が変わっていた。 髪は黒く染め、化粧もせず目はどこか虚ろであった。 もはや正気とは思えない。 「あら、皆さん。ご機嫌よう。」 こちらがなにか聞く前に恭子は話し始めた。 「恵梨さん、ホントにごめんなさい。私、どうかしていたみたい。私に彼氏がいなくて、あなたに年下の彼氏ができて、それに嫉妬してしまったの。それで、二人の関係を壊したくて罠にはめてしまった。欲望を捨てた今ならホントに後悔してるの。ごめんなさい。」 あまりに呆気なくそして、無表情で語る恭子に恵梨は怒る気力も失せた。 恭子さん!、後ろから先ほどの女性が呼んでいた。 「恭子さん、そろそろお祈りの時間ですよ。」 「そうですね、それでは、また。」 そう言い残すと恭子は足早に去っていった。 恵梨は彼女の背中を見送った。 「真理子さんもここにいるんですか?」 少しの静寂のあと下津が聞いた。 宗教法人の男は少し考えたあと、 あぁあの女性、、、 と呟いた。 「あの方、、、真理子さんでしたっけ?我々とは関係ありませんよ。」 「では、何故この間会ったとき「悲しい結末になる」と言ったんですか?」 下津が興奮しているのに対して男は冷静だった。 「私は、すこし先の未來が見えるのです。もしまだご存じないなら私がお教えしても良いのですが、、、まぁいずれわかることですから。 神を信じないとこうなるのです。」 何故か男は少し嬉しそうに話していた。 「さて、私もそろそろお祈りの時間ですので、行かなくては。」 立ち去ろうとする男に下津はまだ何か言いたそうであったが、まともに何か返ってくることは期待できないのだろう。 結局何も言い出さなかった。 男は去り際に「皆さんもお祈りしていきますか?」と本気とも冗談とも言えない表情で聞いてきたが、その誘いを断り、恵梨達は施設を後にした 。 駅に向かう途中、やはり下津はやりきれない顔をしていた。 真理子さんが怪しい宗教に入っていないことにホッとした反面、何も情報を得られなかったからであろう。 「それじゃ…………解散で。」 道中それぞれが様々な感情で歩き、終始無言であったが駅に着くと謙二が口を開いた。
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