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新帝国における理事種族のひとつ、ゴモリーの代表人格は、
人類に対する最先進種族認定の記念式典で、次のように語り始めた。
彼女は波打つ銀髪、紫色の瞳と、健康的な女性美に恵まれた体格を持つ、
美しい少女の姿をした分離個体を用いていた。
しかし、その本体は高温高圧の惑星で、
猛禽類のような生物から進化した軍事種族だ。
その人格も、量子頭脳に人格転移した最先進種族の例にもれず、
ゴモリー全体の総意である、種族共有人格の代表として語っている。
『技術と政策は、文明の双翼です。
文明活動の本体は、全ての人々が営む経済・社会活動ですが、
科学・技術はこれを豊かにし、制度・政策はこれを健全に保つため、
それぞれ分業化した活動といえましょう』
『しかし、科学・技術は物的資源に具現化できないと、
経済・社会活動を豊かにできず、
制度・政策は人的資源を通じて実現できないと、
経済・社会活動を健全に保てません。
また、さらなる文明の発展には、政策が自然・社会環境に配慮しつつ、
次世代技術の健全な開発・普及を促すことが重要です』
『そこで、科学・技術が経済・社会活動を豊かにするとき、
次の4つの経路が存在します』
『第一は、直接経路ともいうべき主力技術です。
これは農業・工業・情報・人工知能技術のように、
経済・社会活動の生産性を著しく高め、
ひいては制度・政策にまで変化をもたらして、
文明の発展段階を画するほどの、直接的な影響力をもつ技術です』
『理事種族アスモデウスは現在の主力技術すなわち、
様々な種族の個性を保ちつつ融和を可能とする、
量子人格互換技術や共通個体生成技術などの
種族間親和技術を最も多く保有しています。
これは軍事種族が支配し、種族間紛争が絶えなかって旧帝国において、
民生産業種族として経験した数々の挫折の経験を糧として、
開発されてきたものです』
『第二は、間接経路ともいうべき関連技術です。
農業時代における冶金技術、工業時代における電気工学技術、
電算機時代における演算指示工学技術など、
主力技術の物的資源化による実現を可能にすると共に、
次世代の主力技術を導く可能性のある経路です』
『理事種族アモンは現在の関連技術として、
最も重要な社会基盤すなわち、
星域間を結んで輸送や通信を行う超空間回廊網を管理しています。
これは旧帝国の〝先帝〟を傀儡化した側近団、
すなわち〝中枢種族〟間の内戦に巻き込まれ、
姉妹種族カイムとの悲劇的な相互破壊を招いた教訓をもとに、
両者の融和的再生を通じて開発されたものです』
『第三は、技術の自助経路ともいうべき、研究・開発技術です。
広い意味では経済・社会活動の一部といえる、
科学・技術の研究・開発において、
理論の考案・検証、必要施設・機器の建設・製作や、
研究・開発組織の運営を助ける経路です』
『理事種族ストラスは、まずこの研究・開発技術の創案によって、
種族間親和技術や超空間回廊技術の基礎理論を構築し、
アスモデウスやアモンに提供しました。
これは、かつて中枢種族ラジエルが、
銀河系外周種族を征服するための人格量子化技術を開発した際に、
彼女が被験体兼演算装置として利用されたという、
苦難の過去が与えた才能です』
『第四は、技術と政策の互助経路ともいうべき、社会工学的技術です。
政策の立案を助ける企画支援技術、
政策の実現に必要な人的資源を育成する公教育・公衆衛生技術、
政策が経済・社会に直接働きかけて利害を調整することを助ける
組織・会計技術の3つに分かれます』
『理事種族マルコシアスはアンドロメダ銀河の先住種族として、
個体群種族の時代から、様々な有力種族の版図に分散居住しつつ、
社会工学的技術を活用し、同銀河の健全な社会運営に貢献してきました。
これは、かつて彼女自身が同銀河の覇権種族に利用され、
悲惨な戦禍を招いた反省や、
その後の中枢種族による侵略を受けて、
抵抗運動を行った際に培われたものです』
『以上の技術を助けるものとして、
互助経路の相手方となる、技術的政策もまた重要です。
これには、科学研究・技術開発を助ける研究・開発政策、
大規模な物的資源の運用を通じて周辺技術を助ける社会基盤政策、
組織や規則を通じて主力技術を助ける社会工学的政策があります。
それらを一言で表現すれば、
富の安全も含めた生産に関わる政策といえましょう』
『さらに、各種の政策は相互支援の関係にありますから、
他の政策との連携も不可欠です。
社会における人々の利害調整すなわち、
富の再投資を含めた分配を通じて、
直接的に経済・社会活動の健全性を保つ経済・社会政策、
富を生み出し、分け合う人々自身の保健や教育を通じて、
健全な人的資源を確保する人的資源政策、
広い意味では経済・社会活動の一部といえる、
政策自身を健全に保つ行政管理政策があります』
『〝知恵の光を運ぶ者〟の愛称を持つ現皇帝種族サタンは、
猫とコウモリの混血に似て愛らしい小動物から進化した、
心優しい種族です。
この種族は、人類を含む発展途上種族に対する支援の実績から、
量子頭脳への人格転移を認められ、
高度演算能力と共有人格形成能力を有する、最先進種族に発展しました。
彼女は〝先帝〟種族から多数の亡命者を指導者として受け入れる一方、
幾多の困難を経つつも、先の四種族を含む様々な友好種族と協力し、
他の政策と均衡をとりながら、技術的政策に尽力してきました。
これにより彼女は、〝先帝〟種族を初め多くの種族を滅した
中枢種族間の内戦においても、秩序の回復と社会の復興に成功し、
新国家に戦前以上の繁栄をもたらしました』
『しかし、そのように均衡ある政策もまた、
かつて自ら伝承説話の悪役を演じてまで行った文明支援計画に対し、
中枢種族から軍事種族育成目的の干渉を受けて、
多くの種族が犠牲となった悲劇の歴史から、生まれたものです』
『技術は文明発展の必要条件です。
技術なくして文明はなく、新技術なくして文明段階の発展はありません。
しかし、技術が与える変化に対して社会の健全性を保つと共に、
さらなる新技術の開発・普及を助けるものは政策です。
またその政策の基礎となるものは、全ての人々が抱く、
過去の経験や教訓に基づく社会需要にほかなりません』
『これから民主化が予定される新国家が目指す、
技術革新・社会繁栄・政策向上の止《や》むことのない循環による
文明発展において、
もっとも若き先進種族である人類が、
以上を念頭にさらなる参画と貢献を果たされることを、
私もまた他の理事種族と同様、大いに期待するものです』
相も変わらず新帝国の文明理論を中心とした、紋切り型の挨拶だが、
数十万の知的種族を抱えた国家で様々な集団の利害を調整してゆくのに、
まずは普及してゆくべき必須の基礎知識なのだろう。
特に彼女は、中枢種族ラジエルの私兵軍司令官を務めた、
旧帝国系の軍事種族なので、発言には気を使っているはずだ。
ラジエル自身は、中枢種族には珍しい技術種族だったのだが、
その優秀さが仇となり、非人道的な政策に巻き込まれたあげく、
離脱を図って滅ぼされてしまった。
ゴモリーはラジエルのもとで、傘下種族の利害調整を行ううちに、
粗野で好戦的な種族から、信義と礼節、公正を尊ぶ種族へと成長した。
そしてラジエルの滅亡後には、侵略先の先住種族マルコシアスと共に、
新帝国側に身を投じ、抵抗運動を戦いながら大戦を生き延びた。
彼女の話には、そんな苦難の経験も滲んでいるようだ。
まあ私達人類は、幸運な改革の時代に星間社会へ参加できたわけだが、
規模は違えど〝悪魔狩り戦争〟とか、悲劇がなかったわけではないし、
今後は民生を中心に、建設的な競争とやらが待っている。
文明は進んでも、生きる苦労や楽しさは変わらないな……。
人格転移したばかりの私は、
仮想空間の居間で映像を見ながらそう思った。
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