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「ひぃい、寒い寒い寒いっ!……ふぅぅ、助かった」
粉々の焚き柄で満杯となった囲炉裏に、私はガチガチと歯を鳴らしながら、バラバラと新しい炭をくべました。白く燃え尽きた灰の中、旺盛に跳ね回る火花はよく目立ちます。小さく赤い火は薄暗くなりつつあった居間へ、温もりをもたらすのに一役買ってくれました。
「夏や秋と比べれば、日が暮れるのも随分と早くなったもんだ。もっとお天道様も出張ってくれて良いのになぁ。……ねえ、貴女もそうは思わない?」
私は囲炉裏の前に腰を下ろし、独り言のようにそう呟きました。誰に向けたものでもない、ただの独り言。少なくとも、隣で毛布に包まってすうすう寝息を立てる彼女に、この言葉は届いていなかったでしょう。
「ハハッ……無理に起こすつもりなんて無いが、できればすぐにでも目を開けて欲しいよ。こっちはずっとヒヤヒヤしっぱなしなんだからさあ……」
冷たく重い水に揉まれながら、やっとの思いで掴んだ神さまの身体は酷く軽く、まるで中身の無い皮だけのようになっていました。芯まで凍え切った亡骸の如き彼女の有様を見て、私は最悪の事態を覚悟しました。
……でも、奇跡というのは起こるのですね。悲嘆に暮れる私の手の平に、一瞬だけ走った電流の如き衝撃。氷よりも硬く冷たい鱗肌の下に、確かに見つけた微かな流れ。亡骸、だなんてとんでもない。失われたとばかり考えていた命は、未だそこで脈を打っていたのです。
「……絶望に身を委ねなくて良かった。伸ばした手を引っ込めず、引き寄せられて本当に良かった」
欠片にも満たないような希望を引っ下げて、私は私にできる事をしました。水中から引き上げてすぐに小屋まで担ぎ、やれ火だ毛布だと暖を取れる準備をしたお陰か、神さまの容態はかなり安定していました。
「……起きたらまず、何と声を掛ければ良いかな。言いたい事は山程あるけど……やっぱり最初は謝罪か説教かな。アレの事は後回しだ」
今後の算段を付けながら、私はチラリと部屋の隅に目をやりました。火を強めるのに邪魔だからどかされた、冷えたお粥で満たされた鍋。その隣に敷かれた手拭いに包まれた、神さまの無茶が挙げた成果。暗闇の中で銀色に光るそれは、一匹の魚でした。
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