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本編
西浪市の中で最も怪異に恵まれているのが、東部の山林地帯です。
地方都市並みに発展している中央部や、住宅地が密集している西部と比べると、ここは極端に過疎が進む田舎地域。おまけに廃神社や廃トンネルなど、訳ありスポットの数も多いため、毎年沢山の人間が肝試しをしにやって来ます。
その日私が訪れたのは、草深い東部エリアの中でもさらに僻地。山奥にひっそりと取り残された、「銀鱗集落」というゴーストタウンです。
壁に蔦が生えた家々、荒れ果てた街道、根本からポッキリと折れた看板……野ざらしにされた過去の生活空間に、人の気配は欠片もありません。
代わりに立ち込めるのは、肌をかい撫でるような物騒な瘴気。不気味な匂いとほのかな温もりを孕んだそれは、妖気と言うより寧ろ神気と言った方が相応しい代物でした。
底知れぬ空気の吹き溜まりのような土地。この村自体も大変魅力的な場所なのですが、目指すのはもっとずっと先。私は鬱蒼と茂る木々を横目に、村の外れを走る川を遡りました。
足場は前日の雨のせいで大変危うく、うっかり躓いて川に飛び込みそうになること数回。途中で合流した用水路の側を伝い歩き始めてからは、さらにバランスに気を配らねばならなくなりました。
依頼人の希望に沿うため、星が瞬く夜半頃に山へ踏み入った私。時期は梅雨明け間際。幸いにも雨が降る気配はなかったため、当初は道中困ることもないだろうと楽観的に考えていました。
けれども予想外の悪路に苦戦しまくり、結局目的地に到着する頃には、西の空が僅かに白み始めていました。
村のそれとは比べものにならないほど濃厚な神気。やっとの思いで辿り着いたそこは、とある小さな池の畔。水は底が見えないほど濁っており、あちこちで伸び放題になっている草木の青さが、どんよりとした雰囲気を醸し出していました。
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