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鈍色の雲は水分を落としきり、身軽に空を泳いでいった。
待ち合わせ時間より早く、ナナセは駅前のベンチに座っていた。
「アサト、遅い」
化粧っ気のない顔を向け、持っていた文庫本から顔を上げた。持っているブックカバーの猫も一緒に俺を見た。
「だから、私はやめといた方が良いって言ったよ?」
いきなり本題。
「そうだな、言ってた。でも、俺が先に好きになったから」
昨日まで付き合っていた彼女は同じ会社の同期。
小柄でフェミニン。抜群に歌が上手くて、ガラスみたいに澄んだ声の女の子だった。先に声を好きになった。そして次は唇、白い肌、伏せた睫毛、キスする前には嫌、と言って俺を焦らす――と小さな雨雫が集まって、泉のような想いが溜る恋になっていった。
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