透明パラソル

8/17
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「おい、ナナセ、起きろよ。……痩せすぎじゃないのか」 「……あ、寝て、た? ……なに、痩せ、すぎ?」 「最近、食ってんの」 「あ、ご飯? 食べてるよ。でも、あんまり食欲なくって」 「ふーん。ただでさえ、筋肉女なんだから、ちょっと脂肪つけとかないとーーー」  抱きしめたときに柔らかくない、と言い掛け、やめた。  俺は何を言おうとした。今までそんな目で彼女を見たことなんてなかったはずだ。 「何よ? アサトはもっと筋肉つけた方がいいよ。シュっとしすぎて、女からしたら頼りなく見えるし」 「それより、さっきの、ショーヘーって誰?」 ナナセはぎょっとして、俺を見た。 「そんなの言ってない」 肯定にしか見えない表情に、否定の言葉なんて飾りのようなもの。 「呼んだよ。男の名前。ナナセの恋愛相手?」 「……違う。人には向き不向きがあって、私には恋愛は向いてない。恋じゃない、だから、違う」  俺はこんな困って小さくなる彼女を知らなかった。記憶の中でナナセはいつも俺より強く、正しかった。  でも、違う。  今の目の前にいる彼女は、れっきとした「女性」だった。今まで自分が一番ナナセの近い場所に居たはずだった、なのに。 「恋して女は綺麗になるんじゃなかったのか?」 「……その恋が正しければ、ね」 「正しい恋じゃないって事か……俺の事、言えないな」 ナナセはもう一度だけ小さく呟いた。 「これは恋じゃないのよ」  その顔は、俺の知らないナナセで。  どう見ても、女性が去り際に浮かべる表情(それ)だった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!