あまりにも遅いから、もうアイツのことは忘れようと思います

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それから1年、私と佐藤郁也は、なんとなく喫茶店に通う客とそのマスターという関係性が続いていた。 私は、あの日からまた一念発起し、その後すぐに内定を取り、現在は新人研修真っ只中。 一方佐藤郁也はというと、「独立したての喫茶店を軌道に乗せるまでは恋人は作らない」という謎の宣言を、何故か私にしてから休みなく働いていた。 ラインだけはあれからしばらくして交換していたが、せいぜいスタンプを送り合う程度の仲。 それがどうしたことか、先週には佐藤郁也の喫茶店がテレビの特集で紹介され、その次の週に私が行くと、行って早々この渋谷の待ち合わせを指定して来た。「伝えたいことがあるから」と言って。 私は振り回されるのはまっぴらごめんだ。 サプライズは嫌い。 平穏に、普通に、心穏やかに歩くのが好きなのだ。 それなのに、佐藤郁也は何かとサプライズ、サプライズと言ってはこちらが想定していないことばかりを仕掛けてくる。 そして今日のこの待ち合わせも、サプライズだかなんだか知らないが、待ち合わせ時間に現れない。 もう帰ろうか。雨はまだ止まないから。 そんな時、ようやくラインで佐藤郁也からのメッセージが入る。 「ごめん!店が急に忙しくなった!やっと抜け出せる!」 私は、ため息をつきながら 「もう、帰ろうと思ってた」 と打つ。 「え!?なんで!?」 と返って来たが、あえて返事は返さない。 連打で「ごめん」「待って!」「行かないで」のスタンプが続く。 それを見ながら、私は1個企みを考える。 今度は私からサプライズをしよう。 自分の都合で作るサプライズなら悪くない。 そうだな、彼がよく飲んでいるみかんジュースでも買っていって、あの日の仕返しもいい。 雨は、もう止みそうだから、みかんジュースの雨を、降らせにいこう。
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