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ついて来た先は、小さな喫茶店未満。
自転車置き場からは徒歩5分もしないところにあった。
客はもちろんいないし、内装もまだ完成していない。
でも窓際の、空の変化が見える席は、レースカーテンから、テーブルセッティングまでしっかり整っており、私はそこに座らせられた。
普通はデートでくるようなシチュエーションなのに、目の前に座っているのは買いだめしたインスタントラーメンという、非常に虚しい展開なのは、この際置いておくことにする。
雨は、ますます強まり、空は、ますます暗くなっていた。
出来立てで、まだ飾られてもいないシンプルなカウンターキッチンからは、ぐつぐつと煮える音が聞こえてくる。
いつもなら、スマホで就活のための調べ物、もしくは退屈しのぎのネットサーフィンでもしていただろうが、このタイミングでようやくスマホを忘れたことに気づいたため、どう時間を潰していいか分からなかった。
雨の音でも数えようか。
そんなくだらないことを考えている時だった。
ことり、と音を立てて、ふんわり白い湯気がたつコーヒーが目の前に置かれた。……頼んでもいないけど。
「……ぼったくりする気ですか?」
「お詫びだから、気にすんな」
そう言うと、もう一度カウンターキッチンに戻り、今度はクッキーが2枚載ったお皿とみかん色の飲み物が入ったグラスを持って来て、私の横の席に座る。
「なんで横に座るんですか?」
「一緒に雨宿り?なんつって」
「何も横に座らなくたって」
「しょうがないじゃん。前の席はそれに取られてるし」
「そうじゃなくて、他にもあるでしょう」
ざっと見た限り、10席はある。
「せっかく初めての客だし、横で感想、聞かせてよ」
「初めての客って……」
「まあ、オープンはあと1ヶ月くらい先だけどね」
そう言うと、男はみかん色の水を美味しそうに飲み干す。
みかん色の液体が、キラキラ揺らめいていて、思わずじっと男の口の中に流れていく様子を眺めていた。
「何?こっちの方がよかった?」
「……別に……」
私は、コーヒーを一気に飲み干そうとして、咳き込んでしまった。
「あ?もしかして、コーヒー、苦手、とか?」
男が心配そうに聞いて来た。
「いえ、普通です」
「何?普通って」
「普通に飲める……って意味です」
「そうか、普通か。……ほらクッキーも食べて食べて」
男が勧めるので、渋々口に運ぶ。口の中でホロホロ溶けて、甘さが私好みだった。
「……これも、普通?」
にやり、と自信満々な笑みを浮かべながら聞いてくるので、私は、コーヒーでクッキーを飲み干して、再び窓の外を見る。
雨は、まだ止まない。
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