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そうこうしているうちに、私は野菜炒めを全て平らげていた。
雨は、まだ止まない。
「あの、なんで私に声かけたんですか?」
「いや、こんな日に一人で飯食うのも寂しいなと思って」
そうは言っても、男は別に一緒にご飯を食べたりはしていない。
「知らない女に声をかけて、警察駆け込まれる可能性考えなかったんですか?」
ちなみにほんの数分歩くと、大きな警察署があったりする。
「それはそれで、面白いサプライズだな」
「笑い事じゃないでしょ、警察沙汰になるって」
「まあ、あれだ……」
そういうと、男はいきなり私の頬を撫でる。
「気になる女が死にそうな顔をして歩いてたら、気になって声かけちゃうでしょ」
「は!?な、何言って」
気になる?気になるって、誰が、誰を?
「ま、その反応でもしょうがねえんだけど……ほんとに俺のこと、知らないん?毎日会ってるのに?」
「え?毎日?」
「あんた、毎朝そこの大通り歩いてるだろ?」
「そりゃあ、まあ……って、なんで知ってるんですか?」
「俺、ずーっとここで、あんたのこと見てたから」
「は!?」
「似合わないスーツ着て、時に険しい顔をしたかと思ったら、ニヤニヤした顔して……こんなに毎日コロコロ表情変わる女も珍しいなって観察してた」
「観察って、動物じゃないんだから」
「で、たまたま今日、死にそうな表情をしてたあんたを見たってわけ」
「死にそう?」
私、そんな顔してたのか……?
「と言うわけで、せっかくなので改めて自己紹介」
そう言うと、男はみかんのマークが描かれたショップカードを渡して
「来週よりオープンするこの店のシェフ兼オーナーの、佐藤郁也です。今後ともご贔屓に。なんでしたらぜひ、お友達にもご紹介を」
「まさか……店の宣伝のために……」
「はははは、まあ、常連候補は大いに越したことはないけど」
「うわーずるい、汚い!姑息!」
「正当な宣伝と言って欲しいな、で、あんたの名前を聞かせて欲しいな」
「断る!そして2度と来ない!」
「えー、どうせこの道通るんでしょ?美味しいものいっぱい用意するからさー安くするし」
「そう言う問題じゃない!2度と来ないったら来ない!」
「まあ、あんたが来るサプライズを楽しみに待ってるよ」
ちなみに結局、私はこの日から何となく店が気になり、オープンしてすぐではなく1ヶ月後にもう1度訪れることになり、さらに言えば、野菜炒めは本当に彼の得意料理であり、喫茶店のメニューには入っていない、彼が特別な人にしか作らない、特別のメニューだということは、数ヶ月後に知ることになる。
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