【民権員】~私全《しぜん》を愛する者たち~

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 ――この世界はバカばっかりだ。馬鹿馬鹿しい。考える方がバカなんだ… 直感的に赴くままに… そうやって進んできた人間が金を掴む。悲しい話さ―― 「先生… お電話です。一番で入ってます」 「ああ… もしもし変わりました川上です…」  俺の生きる国には、国による保証で制度がある。救済処置…ともいえるだろうか。生活困窮者を自立させるために様々な制度がある。無論、困窮まで行かない者にも手当として子育て世代には支援をしている。 「古賀区・稲穂七丁目にお住いの女性について調査をお願いできますか?」 「特記はありますか…?」 「え~ シングルらしいのですが、未婚で子供の認知は無し。住録(じゅうろく)には息子の他に、間借りした同居人がいました。今はいないようですが…」 「同居人は女性ですか?」 「いえ、男性です…」 「なるほど、分かりました。伺います…」 【市民権利取締委員】…通称・【民権員】。先生と呼ばれる者たちがいる… この電話口、川上俊介(三十四歳)もそうさ。  民権員… 医療や心療や人権、司法や金融、遺族問題にまで精通し、あらゆる角度から生活困窮者を守る国家公務員である。  通常、役所にやって来た困窮者を電話等で監査する約束を取り付けて彼らは動くのだ。そして見極める… 認定印を押すべきか押さざるべきかを… 【私生活保全法】… 通称・私全法(しぜんほう)によって毎年、2000億もの大金が放出されている  人々の生活は環境においても人災においても何物にもおいても阻害されてはならないという観点から、税金によって生活困窮者を支援する法がある。ただ悪用する人間も多く、また自尊心から必要なのに拒む者もいるという。  現金支給に加えて、あらゆる観点から救済措置が取られるので、働かなくても暮らしていけると思う者もいるが、実際に受給するためには先に述べた民権員の認定印を要するのだ。その印をもらうには至難の業…   確かに不正受給を目論む者はいるが、その多くは取り締まられている。ただ… 認定印もまた人間だ。談合、恐喝… そういった悪事を働いて不正受給を行っているのだ。  不正受給の悪党として思い浮かべるような、外車に乗り回す団地住まいの者達は本当に悪党なのだ。いくら正義を振りかざしても退治できない悪党はいる。法に則っていてはやられる一方で…  以前は、ひとり親家庭には【国活(こっかつ)医療証(いりょうしょう)】という一割負担で病院を通える保険証が配られていた。お国のために身体を張る方々と同じものを渡しているのだ。  ただ、見識者たちはそれを黙っていなかった。そこから医療費を盛り込んだ金額を提示するも、また黙っていない者たちがいる。人権団体だ…  双方の絡みから結局、税金を捻出し【国活医療証】も配るという以前より至急が増すだけのバカな始末。大きな声に耳を傾けた結末だ… バカほど無垢に大きな声を出す。真面目な者ほど損を見る社会にしたのは国を憂うことなく、子孫たちに残そうとすることなく、今を楽しもうと求めたバカどものせいだ。  バカは強い… 他の人間より考えること、思い悩めることの数が少ないからだ。そのバカに合わせて国も動こうとする。正義のヒーローがいないわけじゃないが、数も多いバカのが強いんだ。この世はバカ一強だ…  我々が歩調を合わせてやると途端にマウントを取ろうとし出す。『あれ、先生… 殴るんですか』… 法に則っていては自分の身なんて守れやしない。生徒に殴られ続けても我慢する先生のような気分だ。 『権利権利権利ッ…!!』 所得の申告等、国民の義務を果たさずして権利を要求する輩が後を絶たないのだ。未申告者をどう審査するって言うんだ? あぁ?  しかし我々も馬鹿ではない。税金から出るお金なだけあって、私全法(しぜんほう)には様々な条件があり、所得制限の為の源泉徴収票、家族の所在等を明示する書類、住処を現す賃貸契約書ないし土地権利書、民権員の押印がある調査報告書等… 申告には壁がある。不正受給者を倒すため、日夜【民権員】は歩みを辞めない。人を判断し人を導ける者として…  ◇◇◇ 【現時点報告書】(通称・現時(げんじ))を基にお宅訪問をする。電話口では聞いていたが、同居人はどうやら家を転々としているらしい。子供に悪影響極まりない… 「だから~ぁ!! 夫はいないんだってば」 「あのね、いくら口で言われてても信用できないの」 「ハァ? キモ?」 「キモくて結構。ちなみ録音してるからね? ここでの会話は私の身の安全の為に…」 「えっ…?」  バカと戦うために必要なことは、敢えて相手のレベルに合わせた上でマウントを取ることだ。相手が持ち込んだ凶器だって時には使う。そうじゃなきゃバカの相手は務まらない。奴らに法令順守の考えなんてない。
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