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「…今一度問います。同居人とのご関係は?」
「…あの子の父親よ。文句ある?」
「と言うことは… 認知があるということですね?」
「け、結婚してないわ!!」
「いえねぇ… 私全法第十九条・母子における保護の観点… 国による保護を受ける者で、一歳以上の子を持つ家庭において認知がないがこの父が分かる場合、血縁関係を証明した後、未婚であっても認知があったものと行政は認識する。法は改定されて、裁判所を通さずとも強制的な認知を、我々には行わせる権利があるんです」
「そ、そんな…」
「…にしても、なんで母親であるアナタがそんなに嫌そうなのですか? あなたにとってメリットでしかないはずだ。それもそのはず、この制度は母親とお子さんを守るための制度なのですが…」
「うぅッ…」
バカは表情から読み解きやすい。認知をせずに未婚と言えど男と暮らし続け、シングルを装い多額の援助をせしめたんだ。
こんなにも分かりやすいのに悪党ぶりに屈して、民権員は匙を投げて逃げたか… ただこんな無法者にこんな考えは生まれない。搾取される側の人間だから、役所に救いの手を求めてくるわけであって。
まぁ大方、貧困ビジネスに付け込まされてるってところだろう。こんなボロアパートで七万五千円ではちと高すぎる。駅からも遠い、まるで陸の孤島ではないか…
「誰に吹き込まれたんですか? こんな悪知恵… 大家さんですか?」
「じ、人権侵害よ!! 名誉棄損で訴えてやるわ!!」
バカでも… 覚えたての言葉は使いたいもんだ。よく出てくる刑法。名誉棄損。証拠もないのに… ああ、録音してるってハッタリ掛けたからか…
「結構です。着手金もないあなたでは、門前払いされるのがオチでしょう」
「ま、また!! あの人に言いつけて、懲らしめてもらうわ!!」
「おやおや物騒ですね。だったら伝えておいて下さい。…民権員は国家公務員であると。その人たちに手傷を負わせると、国が黙ってはいないんですよ…」
「も…もう、何なのよ!!」
「…審議として、認定印は押せません。その子とその子の父親と、幸せな家庭をお築きください」
「うるさい!! 帰ってよ!!」
「では…失礼」
大人になれない大人が増えている… 救いを求めてる子供も増えている。救うべきものと救えない者を見分けるプロフェッショナル… 我々民権員は落ちぶれ者指導員なんて呼ばれてる。まるで悪党どもの最後の救済処みたいじゃないか。
なにも分かっちゃいない… 我々の楽しみは、悪人を蹴落として救済対象として認定しないことだ、満場一致で。悪人が強ければ強いほど仕事に達成感を感じる。ねじ曲がってるんだ…
帝京都古賀区… 市民部・民税政策課・私民生活権利係… 私こそ民権員・総括課長の主人公・川上俊介。最強の財布キーパーと呼ばれる… なんてナルシズム走る自己紹介は置いておいて… 普段は役所にいないので、営業みたいな扱いだ。ホワイトボードに行き先を書き連ねる。
【民権員】はいわゆるエリートコースなのだが、外回りで現役を終える者ばかりだ。…と言うより、三年以内の辞職率が非常に高い。給与は高いがそれだけシビアな仕事なのだ…
――RRRRR… ケータイが鳴る。ガラケーだと馬鹿にされるが、別に携帯できるものを電話以外に求めてないだけだ。何の不自由もない。
家にはちゃんと、ライフラインとしてインターネットを揃えている。スマートフォンを持って、無駄を浪費するのが瞑想か本以外であってほしくないだけだ。
誰からかかって来たのかケータイを事務員の有田から… ショートヘアの今風の女だ。それ以外に印象ナシ。
「課長ですか?お疲れ様です…」
「ああ有田君、どうした?」
「今稲穂にいるんですよね? もう一軒回ってほしいのですが…」
「ああ分かった。メールを送ってくれ」
「は、はい…」
調査中、別のところに行ってほしい等の指示はよくある。ただ、スマートフォンを使わないが故、相手に地図を送ってもらう必要があるのだが…
もちろん、国が支給するならどんな端末でも持つ。しかしお国は市民の為… いや、炎上を恐れてそういうこともできないんだろう。年々厳しくなってるとは言えど、個人企業の利回りのための経費は認められるのに…
ん、メールだ。稲穂七丁目… おいおい、この地区の担当は無能集団なのか?…と思われるのは御免被る。俺は自分が許せるものにしか印を与えていない。今まで悔いるような思いもない!!
――ピンポーン 標的の家にやって来た。午後三時… アポは事務員が取り付けてくれているだろう。
「はい…」
「すいませーん。民権員のものですが…」
「あがってください」
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