【民権員】~私全《しぜん》を愛する者たち~

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 閑静な住宅街に構える一軒家、車(ファミリーカー)もあるしそれなりに不自由はなさそうだが… リビングに通された。机に座って世帯主と対面する。汚いキッチンだ… 女性がいた形跡はなさそう。歯ブラシも二本だけが置いてあるだけで… 「いやすいませんね… 急でしたか?」 「いえ。仕事ですから… 早速なんですがお仕事は…?」 「妻が急に蒸発したもんですから、子供たちが心配になっちゃいまして…」 「それで辞められた、と…」 「今は休職中です。フォークと大型、大特の免許もあるんで仕事に就けなくはないんですが、夜遅くなるとアレなんで中々…」  確かに…現場仕事では遅くなることもあるが、それは一昔前の話だ。今は法令順守(コンプライアンス)の名のもと、労働環境も大分整備されてきている。  【労働基本条件取締法】通称・労取法(ろうとりほう)があり、それを監査する労働監察局(ろうどうかんさつきょく)も黙っちゃいない。  それに騒音を規制する法律もある。【騒音対策法】通称・騒対法(そうたいほう)があり、時間には縛りがあるはずだ。企業も看板を掲げている以上、悪評が付くようなことはしないだろう。 「そうですか… 突っ込んだ話にはなりますが、奥様の捜索願(そうさくねがい)は出されていますか?」 「え…? ああ… いや、出してない」  …隙を見つけた。ここを突っつくとするか… 「住録(じゅうろく)上に奥様がいる以上、一人親への支援対象にはなりません」 「な、なんでだ!! アイツは家を出て、俺たちを苦しめる… まるで呪いじゃないか!!」  彼の意見しか聞いていないので公平性には欠けるが、確かに今のままでは旦那は良しとしても子供にはキツイか… 「もちろん、それに対する対応策もございます。奥様を住録(じゅうろく)から剥がす方法が…」 「お、教えてくれ!!」  食いつきがいいな。どういう関係か分からないが、フツーは生きていることを願うだろうに… 「…一つ目は失踪の届け出を出すこと。これによって死亡認定されます。しかし条件があり、現時点ではそれが認められません。二つ目はあなたに新しい出会いがあった場合、上書きと言う形で奥様はいなくなります。ご予定は…?」 「あるわけないでしょう!! 子供がいるんだ」 「そうですね。では三つ目… 三年以上で出来る裁判所を通す強制的な離婚」 「時間がかかり過ぎです。今、金が要り様なんですよ!!」 「でしたらその条件ですと、お受けはできないですね」 「何故です? 家内は家を出て… ホラ、電話口で対応が合った通り家内のいた形跡なんて無いでしょう?」 「一人親の制度ははあくまで行政上のもとであるのです… それほどに婚約を解消するのは難しい… 結ばれるのは簡単な事ですがね」 「じゃあ息子たちはどうすりゃいいんだよ!! アンタらは助けてくれないのか!!」  元はどうあれ、アンタらの家庭の問題じゃないか… 子供を盾にしやがって… 振り回されてるのは子供たちなんだ。よくこんな男に親権があるってもんだ。  【居別親権共同保護】… 通称・居同(きょどう)(親権は夫が持ち、世話や子の管理…つまり養育権を妻が持つもの)なら話は分かるが… 俺の見立てじゃ、どうにも奥さんは一方的に蒸発したようだな。 「一人親の制度は適用されませんが、子供は国の財産だ… 守るための制度があります」 「おお… 教えてくれ。それはどうすればいい」 「扶養親権者助成金と言いまして… これを受け取るには、ご子息に同意書を書いていただく必要があります」 「ど、同意書? 分かった… 書いてもらうから置いていっておくれ」  ん? 態度が急に冷めやがった… 子供は…確か中学三年生と小学五年生息子が二人。上から物音がしたような気がしたが… いるならちょうどいい、面談もかねて直で書いてもらうとするか。 「いえ、賢次君に直接お会いして書いていただきます。まだ彼の様子も確認できていませんし…」 「あいつ… 不登校なんだ。上の息子でな…」 「そうですか。お会いしてお話を聞いてみましょう」 「だ、だから!! 引きこもってて出て来やしないんだよ!! 前任はそれで諦めてくれたんだ!!」  確かにこの男の言う通り、プライバシーの観点から踏み込んだ調査は許されていない。それを利用して、いろんなことを有耶無耶(うやむや)にしている悪党はいくらでもいるというのに… これでは正義を全うできない。  真に戦うべきは核心である。綺麗ごとでは前に進めない。でも綺麗ごとのほうが綺麗だから汚い真実には蓋をする。もううんざりだ… 「…確かに、親権者とプライバシーの保護の観点から踏み込んだ調査は出来ません。警察でもない限り…」 「だろ? その書類は貰っておくから…」  一呼吸おいて再び言葉を続ける。
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