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6―6
ローレンツがちらりとバシリカに目をやり告げる。
「その通りだバシリカ」
俺は動けなかった。銃の柄の底から触手のように青い光のラインが延び、その先端は俺の胸に突き刺さる。一瞬のことだった。
──俺はこのためのエネルギー源だったか。
すぐに理解でき、俺はすぐに受け入れていた。銃を介してローレンツと繋がり、彼の心情が痛いほど伝わってくる。復讐の鬼と化した魂の叫びが。同僚、部下、友人、教官、そうした人たちを失った男の慟哭が俺のなかに響く。
──これでいい。あんたは間違っちゃいない。
彼は天界の法、掟を破るつもりなのだ。破ってでも消滅させたいのだ、己の仇敵を。
ベリアルは鬼の形相でローレンツを睨んでいる。メンタルの力か。ローレンツが銃を構え、狙いを定めたその時だった。
ベリアルの手前一メートルほどの地面に高速で黒い穴が開いて細身の、極めて華奢な人間がそこから現れた。ローレンツの戦闘服と似通った出で立ちのその人物は若い女だった。地に片手を伏せたままのベリアルをかばうようにして立ち、ローレンツに対峙する。
俺は驚くしかなかった。
この場に現れてローレンツに立ちふさがるのは俺の知る人間、
熊本美咲先輩だった。
「え? アテーサ?」とバシリカ。
俺は「アテーサ?」とバシリカに尋ねていた。
アテーサって何?熊本先輩だろあれは。瓜二つの別人?──しかし俺は気づいた。俺の左手首にあるブレスレットと同じものが熊本先輩の左手首にも輝いている。
アテーサと呼ばれた人物が言った。
「使ってはなりませんローレンツ。生かしたままの捕獲が命令のはず」
「むろんだ」
「命令に背くのは反逆罪です」
「むろんだ」
「肉体を滅ぼすことそれだけのためにこれまでの実績も、これからの未来も犠牲にするつもりですか?」
「邪魔だ、どけアテーサ。確かに何年か経てばそいつは転生する。が、先のことなど知らん。そいつのいまの人生を終わりにしてやる、いまここで」
「聞きなさいローレンツ」
それは厳しい声だった。彼女はつづける。
「これは機密事項なのですが、仕方がないです。よく聞きなさい。……ベリアルを殺すと災厄が拡散するのです」
「災厄?」
「疫病と聞いてます」
「……余計に頭にくるな。機密だと? ああそうかい。しかし亜空間で始末するんだ。問題なかろう」
「彼は下界の至る所に分身を作って保険をかけてる。本体が死ねばどこかにいる分身も死に、死体から疫病が広まることに。だから生け捕りなのです」
ベリアルが掠れた声で言った。
「そういうことだローレンツ。俺たちは命尽きるまでこの愚かな戦いを繰り返すしかないのさ。俺からすれば──お前は人生のパートナーなんだよ」
諭すような声色をにじませてアテーサが言った。
「彼がなぜ巽をここへ連れてきたのか考えなさい。これは罠です、ローレンツ」
耳元でバシリカがささやくようにして教えてくれる。
「彼女もハイブリッドで天界の諜報員なの」
──そうなのか。
いまの熊本先輩が放つ、肌を突き刺
すようなオーラはとても人間とは思えないほどに鋭利で俺はバシリカの説明を事実として受け入れた。しかし──
俺にはわかる。どんな懐柔も無力だ。鋼鉄の意志は小揺るぎもせずそれどころか強度を増していた。止めるのは不可能である。
ローレンツの表情は何も変わらない。
「終わりだ」
バシュッ!という音と共に銃口の先で青い火花が散り、発射された青い光線は右横に弧を描いて熊本先輩をかわす。そののち鮮やかに青い光はベリアルの眉間に突き刺さった。そこから炎が立ち上がり、頭部を燃やし、それから炎は一気に全身を包みベリアルを焼き尽くした。
肉体は黒い欠片となって舞うようにして上昇してゆく。ベリアルの存在は文字通り跡形もない。俺の胸に突き刺さっていた青いラインが虚空に消えると同時に俺は崩折れ地面に倒れ込む。
うつ伏せになりもはや体のどこも動かない。呼吸ができるだけで声も出なかった。俺の生体エネルギーは搾り尽くされたのだ。
それでも俺は自分は役に立てたのだと満ち足りた気分だった。災厄? 何を大げさな。疫病の程度は知らないが、医療大国と言われる日本なら大丈夫だろう。そういやNHKの番組で地方医療の危機を伝える回があったような気がするが……たぶん大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。もう最先端ではないらしいが医療分野は強いはず。
後ろを向いてベリアル消滅の行程すべてを目にした熊本先輩がローレンツに向き直る。
「なんてことを……!」
睨みつけてそう言う彼女にローレンツ捜査官は無言だった。
荒野に乾いた風が吹き抜けている。俺はまだ動けずにいた。地に伏したまま俳優として活動していた過去の日々を思い出していた。その流れのままに未来に思いを馳せ、復帰する夢を脳裏に思い描く。
……三年もすればほとぼりが冷めるだろうか。俺はただひたすらに願う。全身全霊で願う。お願いします。芸能の神さま、どうか俺を復帰させてください。
ローレンツは尚も立ちふさがる女を見据えたまま、黄金の銃を大地に捨てる。
それから、彼は沈んだ様子で肩を落とし疲れ切った声でこう告げた。
「なぜ天界の住人が犠牲にならねばならん? 下界がどうなろうと知ったことか」
おわり
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