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1―6
両親が車で買い物に出掛けると俺はほっとした。実家に戻って二日しか経っておらずここでの生活に息苦しさを感じていたから。
居間のテーブルでゆっくりするか、と思い俺は居間に行き──
驚いた。テーブルの上に顔見知りの女の精霊が腕組みをして立っていたのだ。体長三○センチの彼女はこちらの世界で言うところのツナギのような衣服を纏っている。多少だぼっとしているスカイブルーの衣服、背中にある半透明の羽根、勝ち気に満ちる美貌、金髪ツインテール。名はバシリカ。
なぜ俺のところに?
「もう一般人なんだけど」
俺はバシリカにそう言った。
「なんてことしてくれたの……と怒りたいとこだけど、まあいまはいいわ。まさか暴力事件を起こすなんてね」
先月、二○一九年六月二四日に俺は居酒屋で乱闘事件を起こし、三日後に所属事務所を解雇となった。二五の若手俳優だった俺は 一瞬で芸能人としてのすべてを失った。で、七月になって福岡の実家に戻ってきたのだ。
「何の用事?」
「頼みごとがあって来たの」
「断る」
いまは他人に関わりたくなかった。
「聞きたくもない。……もう俺たちは関係ないはずだ。もう君の任務の対象じゃないよ。黒川巽(たつみ/芸名&本名同じ)は一般人なんだ」
彼女はなんでも〈選ばれし芸能人の精〉らしい。
精霊の種類は無数にあって木や水の精といったポピュラーな分野だけでなく、選ばれし映画監督、音楽家、画家といったクリエイター界隈の人たちも広く網羅しているのだという。主には精神面のケアを目的とする交流が任務なのだと。そうバシリカは言うのだ。
確かにいまの俺にはケアが必要だ。しかしいまはもう芸能人ではない。キャリアも足場も失い捨て鉢になってるのは自覚してる。
「ま、いい返事は聞けないと思って上司を連れてきたの。あたしだと言っていいことだめなことの区別がうまくできないし」
「上司?」
「使徒よ。あたしは精霊協会の一員であると同時に、天界の第七機関に所属する構成員でもあるの。末端だけど」
どこかから男の声がした。
「で、第七機関というのが、こちらで言うところの“危機対策本部”にあたる部署で天界の厄介事に対処していると」
床のカーペットに黒い穴があき、そこから長身の男がせり上がってきた。威圧感ある畳まれた肉厚の羽根がすべてを物語っている。目の前に現れた使徒は背中の黒い羽根以外は俺たち人間と変わりない容姿だった。
「私はローレンツ。第七機関所属の捜査官だ。よろしくな巽くん。俳優かそうでないかは今回の件には関係ないんだ。職業人ではなくひとりの人間としての君を相手に我々はいまここに来ている。……あんたはとても使徒に見えん、という顔をしとるな」
彼の姿が、いわゆる戦闘服だったからである。黒を基調とする上下に足元は軍用のごついブーツ。なにより衣服はその下の筋肉によって盛り上がっている。鍛え上げられた肉体だった。
「何でもイメージってものがありますからね」
見た目年齢は四十代後半といったところか。しかしそういうことよりも圧が強すぎて対面していること自体がつらい。
「現在、バシリカを含め精霊たちには脱獄囚捜索の任務が与えられている。我々が追うのは悪魔族の大物で発見には大量の人員が必要なのだ」
「悪魔族の大物?」
「ベリアルという名のリーダー格だ。去年捕らえて監獄に入れていたんだが」
彼は少し間をとってつづける。
「どういうわけか逃げられてしまった。二日前のことだ。手引きした者がいるはずだと私はにらんでる。……上層部は下界を逃亡先と見て世界中に人員を派遣した。これが現在の状況だ」
俺は言った。
「その捜索に協力しろと?」
「いや、見つけた後の話だ。捕獲に協力して貰いたい」
なにを言ってるんです?
「協力って俺になにができるって言うんです?」
「人類のなかのごくごく一部に、天界の属性を備えて生まれいずる者がいる。肉体も精神も人類なのだが生命体の核は天界由来、という合いの子……言わばハイブリッドのようなものでこの場合、生体エネルギーがとてつもない人類となるのだ。それが君だ。
世界の危機に備えてでき上がった仕組
みのなかで君はこの世に生まれてきている。
反面、強大な力ゆえに危険視もされてる。つまり君はずっと監視対象でもあったわけだ。我々は昔から君のことを知っている。君には強大な力が眠っている……正確にはリミッターをかけて押さえ込んである」
俺はわけがわからなかった。だからとりあえず関わらない方向に事を運ぼうとした。
「明らかに危険な仕事じゃないですか。悪魔が相手なら教会に行ってくださいよ」
この身長一八○センチを越える人物には“険”がありすぎる。下界の基準で喩えると人相がよくない。とても天界の住人には思えない。とにかくこの人物と関わりなど持ちたくなかった。
俺の顔は警戒と拒否に凝り固まっていたのだろう、バシリカが言った。
「悪魔族との戦いでローレンツ捜査官は大勢の部下や友人を失ってきてるの。そこはふつうの天界の人とは違うわ」
そう言われても。俺は椅子を引き寄せて座り、ローレンツ氏に向かい言った。
「あの……、あのですね。俺はいち庶民なんです。悪魔を捕獲? 天界の使徒と悪魔は天敵同士ですから戦うのが運命なんでしょう、ですが俺には戦う理由がありません」
「聞いてくれ巽くん。ベリアルが脱獄したのは二度目なのだ。つまり二度の戦いを経てきている……そのなかで九八名の死傷者が出ている。我々はもうこうした犠牲者が出ることに耐えられない。どうか協力して貰えないだろうか」
「冷たい言い方になってしまいますが、天界の問題は天界の世界で解決すべきだと思います」
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