2―6

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 するとローレンツ氏は胸ポケットから銀色に輝く金属を取り出し、俺に渡した。見るとブレスレットである。中央に青い石が埋め込まれてありデザイン的なものはこの部分だけだ。 「付けてみたまえ。上の許可はとってある。自分の正体、本当の姿、この世界の理(ことわり)を知ることができる」  あなたは何から何まで勝手ですよ、と俺は言ってやりたかった。 「べつに知りたくないのですが。俺は自分の身の周りのことで頭がいっぱいなんですよ」 「知った上で断ればいい」  しつこいな……、俺はそう思ったのだが何やら体がおかしかった。むずむずと体の奥がうごめくのを感じる。右手に持ったブレスレットが原因だというのはわかる。 関わりたくはないと頭では思っているのに、付けてみたいという欲求が込み上げてきて、俺はそれに抵抗できなかった。  なんだ? なにかあるのか?  左の手首におそるおそる俺はブレスを近づける。と、それは勝手に動いて広がり、自ら俺の手首を挟み込んだ。 「……!」  俺は即座にふたつの機能を理解した。ひとつ目は情報伝達装置として装着した者にレクチャーする機能である。俺の頭のなかに直接〈天界と悪魔族の戦いの歴史〉がビジョンと要約された情報で飛び込んでくる。そして高速で展開してゆく。戦いの場所の多くは下界もしくは荒野だ。  悪魔族のリーダー格ベリアルは生粋の悪魔。外観はスマートである。使徒と同じく肉厚の黒い羽根があり、薄い甲冑のようなものを胴体に纏い、いかにも戦闘種の装い。顔は眼鏡をかけた学者のごとき面長の顔立ちで知的な印象が強い。  ただし戦闘は生まれながらの戦闘好きというのがありありとわかる暴虐さを備えている。戦闘力は凄絶だ。遠隔攻撃も近接戦闘も空戦地上戦問わず何でもござれの闘神……いや神ではないから闘鬼の方が適切か。仮に俺が戦うとして、正面切っての戦いは避けるべき相手と言うしかない。  レクチャーのなかで驚いたことのひとつが天界、悪魔、人類の三者が織り成すこの世界の成り立ちである。  悪魔族は人類の憎しみ、憎悪をエネルギー源としている。天界の住人は人類が生み出す芸術作品から活動エネルギーを得ている。絵画、音楽、映画といった芸術作品が放つ波動を吸収して生命を維持している(つまりこの点から言うと悪魔族は本質的に芸術作品を忌むわけだ)。俺たち人類は双方にとっての活力源なのだ。  そしてふたつ目の機能。これは“力の解放”機能である。俺の体内に力が湧き上がってきていた。理解できないでたらめなパワーが。他人事のようだがへその辺りにうごめく巨大な力の塊があって、俯瞰して眺めるとそれは渦を巻いている。しかしなんと言えばいいか、この力は体内にある箱に納まっている感じなのだ。然るに不安はない。  俺はわかった。俺自身が戦うことも可能な一方で、直接戦わないにせよ天界の住人が疲弊した際には〈動けるバッテリー〉の役割も果たせるということだ。非常に便利な存在に思える。 ──そういうことか。  バシリカが説明してくれた。 「そのブレスはリミッターを解除させるの。と同時にその解放された力を安定化させる制御装置でもあるのよ」  事の背景や歴史、その全体像を把握すると俺の気持ちは変わっていった。焦点を目の前の使徒から外して天界全体を考える必要がある。ベリアルとかいうヤツは特殊能力があり、狙いを定めた相手の精神に作用する波動を放ち“憎しみの増幅”ができる。人類、天界住人の区別なく影響を与えることができる。  俺は怒りが込み上げてきていた。どういう原理で怒りが込み上げるのかわからないが、どうも魂が許せないようなのだ。  怒りが沸く。ヤツは……ベリアルは無視できる存在ではなかった。いまはもう、対峙することをまるで運命のように感じている……そう感じる自分が不思議だ。  俺は……俺は誰だ?  受け入れるしかないのか。受け入れるしか。 ……ならば。  俺は顔を上げローレンツに問うた。 「……報酬は?」 「金銭は出せない。……望みがあるのなら言ってみたまえ」 「芸能界への復帰です」 「それは難しいな。即答はできん。叶うとして数年後だ。他の望みにしたまえ」 「他に思いつきません」 「業界側の操作は可能でも世間がな。こういうご時世だしネットの時代でもある。ほとぼりが冷めるのを何年かは待たねばなるまい」 「それでも戻りたいんです」  ローレンツは目を閉じて黙り込み、長い時間が流れる。俺には彼がどこかと連絡を取り交信しているように見えた。  やがて彼が口を開いた。 「復帰を条件として認めよう。しかし復帰した後までは知らんぞ。俳優業を継続できるかどうかは実力と運次第だ」 「それはもちろんです。決まりです。協力しますよ」
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