3―6

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「近いうちに敵を発見できるはずだ……、君は戦いに備えて自分の能力を確認し、力を使えるようにしていてくれ」 「そんな短時間でできますかね……」 「まあ、内緒の話だが天界の属性を持って生まれる、というのはつまり転生だ。おおよそ誰の転生かはわかってる。……こういうのはこちらでも若干タブーでな。一応は天界の方がずっと位が高い設定だから天界人としては気分のいいもんじゃない。けっこうな大物が君のなかで目覚めの時を待ってる。動くときはそいつが動く」 「はあ……」 「今後予定してる手順を伝えておく。我々としては敵を発見したのち亜空間に閉じ込めその空間のなかで捕獲する算段でいる。ヤツを亜空間に閉じ込めたあと、私か他の使徒が君を迎えに行き、移動させる……という手順だ。あくまで予定だから柔軟に構えていてほしい。捕獲には生け捕りという前提があるから困難を極めるが、我々はやるしかない。さて、私は捜索に戻る。ではな」  再び床に黒い穴が開いてその闇にいかつい使徒が沈んでいく。  居間に静寂が戻り俺もバシリカもしばし無言だった。 「ショックだった?」と彼女が少しばかり優しげな声色で訊いてくる。 「いや。君と二年の付き合いがある。超常現象の類いには免疫ができてるんだろ。──しかしなんで生け捕りなのかな。他の悪魔族は殺すか消滅させてるのに」 「知らないわ」 「君は捜索に行かないの?」 「これからの任務は見張り。あなたはまだビギナーだからブレスを付けてる間は監視してなきゃならない」  俺は左手首のブレスに目を落とした。 「これ危ないの?」 「安定させるといっても100%じゃないから」 「だろうね」  感覚としてわかる。揺らめきがあるのだ。イメージで申し訳ないけど九州くらいなら一撃で壊滅できそうである。 「ともかくいつ何があっても動けるように外出用の着替えを用意しておいた方がいいわ。それと靴も二階に持って上がった方が」  バシリカは明るい声でそうアドバイスしてくる。俺は彼女の言う通りにした。  俺はローレンツ捜査官が去ってからずっと不思議な時間を過ごした。体が軽いのだ。同時に心も晴れ渡り軽かった。  何事もなく時刻は午後十時を回り、二階の自室にいた俺は予期せぬ電話を貰った。同じ事務所に所属していた先輩……だった人からだ。 「あんたいま福岡にいるの?」  強い口調で問い詰めてくる電話の相手、熊本美咲はひとつ年上の二六歳でかつてはアイドルグループに所属していた元アイドルだ。現在は女優業への移行を図っているが思うように事は進んでいない。 「はい」 「なんで挨拶もなしに帰ってんの?」 「熊本さん。俺はもう一般人なんですよ」 「なに生意気言ってんのよ。やめたからって先輩後輩は変わらないわよ」 「ええ……?」  もう……こういうとこあるからなあ。めちゃくちゃかわいいのに面倒なのだこの人。 「何度も言ってきたけどあんたゆるすぎ。そんなのは許されないわよ」  熊本先輩は我が儘だらけの女集団のなかで生き抜いてきた猛者である。表向きはわりと天然っぽいのにこういうところは変に厳しいのだった。 「ですから一般人……」 「言い訳すんな!まず謝るのが筋だろ!」 「はいはいすみませんでした」 「ああ?! なに舐めた口きいてんの? この野郎、近くだったら乗り込んで行ってぶん殴ってやるのに!」 「それじゃワイドショーのおもちゃにされますよ」 「やかまし!」  通話が切れた。なんでこんなことでブチキレるのかねえ……?  そばにいるバシリカが言った。 「いまの熊本美咲でしょ」 「うん。知ってるの?」 「有名人じゃん。怒ってたみたいだけど」 「年上だし事務所の先輩だったからマウントしてくんのよ」 「先輩なら相手を立てないと」 「精霊の世界でもそうなの?」 「いや私たちはそんなことないけどここのコミュニティでは大事なことじゃない」 「クマ先輩は特別俺には厳しくてね。迷惑かけた記憶はないんだけどどうしてだろ?」 「裏ではフォローとかやってるのでは?」 「クマリン先輩が? 知らないね……聞いたことない。聞いたことないよ」 「二回言った」 「そういう人には見えない。飛び抜けてかわいいのは事実だけどいまのところ飛び抜けてかわいいだけだよ」 「また二回言った」 「だけって言うと失礼かな」 「なんか表面しか見てない感じ。人ってそんな簡単には奥はわからないでしょ。まったく違う一面があるもんでしょ」  まあそれは確かに。天然ぽいのにたまに出るバラエティでは周囲をよく見て、自分の役割を理解して、仕事をきっちり果たすタイプではある。 ──ともかく寝よう。俺はいま人生のなかで重大局面を迎えている。過去の人間関係に神経を使ってる暇はない。いつ何どき、事態が急転するかわからない。もしかしたら……いや、もしかしなくても場合によっては俺の人生が終わるかもしれない。戦いによって、あるいはうまく力を制御できずに自滅するかもしれない。  脳に送られた情報のなかにはそういった事例も含まれていた。第七機関の前身は軍である。軍は過去に壊滅させられていた。なにがあったかの詳細は省かれているが、なにかがまずかったのだろう。 ──俺があれこれ考えてもどうにもならん、意味ないか。  危機を前にしているのになぜか俺は吹っ切れていて、妙に充実した精神状態にある。  そんななかで俺は眠りについていた。  目を覚ましたのは午前五時。体を揺すられて俺は起こされ、それゆえに不機嫌なままに「なに?」と口にしていた。
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