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4―6
カーテンの隙間から群青色の外界がうかがえる薄明かりのなか、隣にバシリカが枕のわきに座っている。
「なんか変だよ。なにか来る」
「……来るって?」
「空間に歪みが出てる。見えるわけじゃないけど間違いなく感じるの」
と、俺に悪寒が走った。初めて食らう、脳天に突き抜ける警戒警報──殺される!
本能的に身を起こした時だった。
床に黒いサークルが浮き上がり、その闇から男がすうっとせり上がってくる。背中には畳まれた肉厚の羽根があった。
バシリカが弾けるようにして枕元を飛びすさり机の上に立つと身構える。眉をつり上げた怒りの形相だった。彼女のこんな姿は初めて見た。俺もベッドから出る。
男が言った。
「君が黒川巽くんだね」
俺は恐怖に固まっていた。しかし意外にもその硬直は一瞬でほどけ、体内でもぞりと動くものを感じた。
「あんた……」
男はベリアルだった。ビジョンで見たそのままの顔だ。面長で知的な雰囲気を称えた顔立ち。小さめの眼鏡もそのまま。ローレンツに近い身長だが痩身で、しかし胴体に纏う甲冑のような装備の上からでもブルース・リーのような筋骨隆々の肉体がいまの俺には見てとれる。
「な……なんで……」
「いや情報を貰ったんでね。せっかく下界にいるから顔見ておこうと思って」
「あんた、なにが狙いなんだ」
「だから君の顔を見に」
「そうでなくてなんで天界に戦いを挑むんだ」
「ああそれか……、そんな根本的なことを訊くか? ……挑むというのは違う。いまは“挑まれてる立場”だよ。天界は反逆と脱獄の制裁を与えるべく私を捕獲しようとしている」
「でも発端はあんた方じゃないか」
「そうさ。我々は代々天界を潰すべく生きてきた。──細かく言えば天帝に抗うべく生きてきている。或いは苦痛を与えるために」
「天帝?」
「天界の代表者。最高責任者だよ」
「なぜ抗う」
「我々は美を憎む。天帝は美を好む。そして君ら人類は美を生み出す」
「だから人類も敵視?」
「いやそうでもない……我々と志を共にする人類も多い。金がすべてという輩は我ら側の種族だよ。べつに我らがなにするでもなく自らそうしてくれている。世の中よくできてるよ。……とはいえ君の核は天帝側だ。つまり敵だ。どうしようかねえ」
俺は言った。
「さあ?」
「そしてだ……その核には見覚えがあるよ。私が転生する前の記憶に刻まれてある、憎き魂が君の核には見える。震えるほど憎いねえ」
「そうですか」
「だからローレンツたちは君に接触したわけだ。実に論理的な物事の運び方だね」
「で、本当の用件はなんです?」
「……これから君を私の亜空間に招待しようと思ってね。陰遁生活をやるつもりはないからサ。そこでローレンツを待つ。もしかしたらチームで来るかもしれん……そこはヤツ次第だが。……二回つづけてこちらは敗けているからな……報いを与えねば気が済まなくてね……復讐せずにおくべきかってやつだ」
「俺自身にはなんの関係が?」
「なんのって天界に選ばれし人類ではないか。やつらの前で君をほふれば、さぞかし心地よい気分を得られるだろう。……嫌ならこちら側に来るのもありだ。歓迎するよ」
「断ります。ほんとはどちらも断りたいのが本音です」
「ああ、そうもいかんのか」
「どうもそういう運命にあるようで。また芸能界に復帰したいという願望もあります」
「もったいないな。が私もまた同じように自分の運命に従い動く。動くようにできている。動かねばならない……。
君らに地獄を与えるために」
無慈悲な空気が流れた。俺はただ、生きねばならない、と強く思っていた。俳優に戻れるかもしれないという唯一の光明がいまの俺を支えていた。
「行こうか」
有無を言わさぬ声だった。
俺は身仕度をし、それが済むと〈好きにしろ〉といった感じでベリアルの前に立った。気持ち的には相対する気持ちで。
床に黒いサークルが現れる。そのときバシリカが机から飛び立ち、俺の肩に来てシャツを掴む。ベリアルはそれには構わず俺を自身と共に黒い穴へ沈めていく。
三秒ほど闇に包まれた静かな刻が流れ、次の瞬間には俺は明るい空間に立っていた。
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