第十一話 嵐の前兆 ( 1 )

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第十一話 嵐の前兆 ( 1 )

 特別学区より西へ行ったところに『白亜の砂漠』と呼ばれる砂漠地帯がある。  蜃気楼や熱砂吹き荒れるその砂漠地帯の片隅に、すり鉢状にえぐり取られたようなコロニーのような窪地が。中では……熱帯雨林のような樹木が鬱蒼と生い茂り、湖のような大きな水溜りもある。オアシスにも似たこの光景の先には、大きな岩がゴロゴロと山積し、樹木と共に共生を果たす『巨岩地域』が広がっている。  外敵にさらされず独自の進化を果たしたこの狭き楽園には、所々パワースポットの様な不思議な空間があるようで……周囲の風景とは馴染みきれていない石造りの建物がそこにはあった。  巨岩を上手く利用して造られた神殿のような要塞のような外観はそこにはあったが、正直……朽ち果てて幾分かの時間の経過を感じざるを得ない。人がいる気配がまるで感じないからだった。  中に入ってみると……自然と人工物の見事なコントラストのせいか、建物の隙間から僅かながら光が差し込んで中の様子が静かに伺える。  石造りの迷路のような道が仄暗い闇の先まで続き、壁面にはどこぞの言葉で書かれているかよく分からない文面や絵があちこちに規則正しく描かれている。  その道の先には、広場のような部屋が。 何処かの大聖堂を彷彿させるような広い空間には、意味ありげに巨大な石板がドーンと部屋の中央に鎮座していた。 「こ、これは……」  石板を前に髭面の男・ジャハールは驚愕していた。  小さいながらも屈強な体躯と立派な髭を持ち、まさに小さな巨人を彷彿とさせるこの男は、アミルムハと呼ばれる山岳地域に住まう種族の出身で、ユアン達が学ぶ特別学区の教師をしている男だった。  学校では、主に鉱物などの材質を研究しながら、生徒達には板金技術を教える昔気質な職人先生で、休日になると、商業地域で手に入れた古地図や古文書の類を道標に、近隣の廃墟や荒廃した施設を巡っているのであった。  ただ、驚いているのはこの事では無いようで……ジャハールが視線を下げた先に、くたびれた外套を纏い蹲る子供が。要所要所で見え隠れする手足には……僅かながら、何かの鱗のようなものが見えていた。  あれから二十日程の時間が過ぎ、特別学区にも夏の兆しが現れ始めた。  日に日に厳しさが増す太陽光の下……ミオナ達マシンワークスの連中は、治療棟から無事に帰還を果たしたユアンを連れ立って、商業地域にあるホームセンターにお買い物に来ていた。 「わ、わっ!……わ――」  カートに乗ったニケは、キャッキャキャッキャと興奮気味。どうやら、ホームセンターに来たのは初めてのようで……ブワワと逆だった尻尾の毛が全てを物語っている。 「特別学区にホームセンターがあるなんて思わなかったでしょ? 一応、ここには家庭用の園芸用品から、ちょっとした業務用の備品・什器まであるんだよ。規模は小さいけどね」  規模は小さいと言っても……剥き出しのコンクリート壁に、棚にうず高く積まれた備品・什器の品々。そして、何処で使うのか分からない巨大なカラーコーンまで取り揃えるこの無骨極まりない倉庫の様な施設は、ホームセンターとは無縁の世界に生きるリリーベルにとって、一種の娯楽施設の様にも見えた。にゃんこがはしゃぐのも分かるような気がする。 「でも、備品とかだったら、先輩の実家に頼めばいいような気もするんですけど……」 「それだと、配送手続きとか余計な手数料が掛かってかえって割高になっちゃうの。手に入れ難いエンジンとかTAのパーツとかだったらいざ知らず、日常的に使う伝票とかの事務用品は、いつもココで買ってるんだよ」  へえーと感心するリリーベル。  それもその筈、リリーベル達魔法技術科の生徒達は、必要な魔法用の素材や触媒の類は、学校を通じて偶にくる行商の人達や、不定期に開催されるバザー経由で手に入れる物でほぼ全てが賄える。だから、外に出なくてもいいのであった。それ故に、魔法使い達が次第に出不精になるのも頷ける。  やっぱり、外の世界を見とくものだなと感心するリリーベルをよそに、ユアンはミオナへアイコンタクトを送った。ミオナはただ黙って頷く。 「……じゃ、行って来るッス!」  ユアンは、ニケの乗るカートを押しながら機械製品のコーナーへ颯爽と走り去って行った。ガラガラとカートを押す雑音と、イヤッホーとはしゃぐ猫ちゃんの声が小さく消えてゆく。  あれじゃ、その辺のちびっ子と変わんないじゃんよ……と、男共のはしゃぎようにケラケラ笑うミオナに対し、リリーベルの心の中には、言いようのない緊張感が走り始めた。 「あ……えーっとぉ――」  よくよく考えると……ミオナと二人っきりになるのってコレが初めてかもしれない。ちゃんと話すにはいい機会かもと、リリーベルが思い出した矢先に、ミオナが切先を制すように口を開いた。 「ところでリリーちゃんさあ……最近、ユアンと何かあった?」  ミオナの突然の問い掛けに、えっ!? とリリーベルの声が裏返る。  まさか、ミオナの口からユアンとの関係性について聞かれるとは思っていなかった。何て答えたらいい? 正解は?……と、リリーベルは自問自答で必死に考えを巡らせる。 「以前みたいにツンケンしてる感じじゃないからいいものの……なーんか、ぎこちないって言うか……あからさまに雰囲気変わったよね?」  リリーベルは、その長い耳の先まで真っ赤になっている。  ヤバイ! このままじゃ、ユアンの事が気になってるって事がバレる! 別に隠す程でも無いが、ニトラとしてのプライドが一応ボクにもあるし……と、次第に葛藤が顔にも現れ始め、やがてモジモジと恋する乙女のように恥ずかしがりはじめる。 「まあ、仲が悪いって訳じゃ無さそうなんで良いんだけどさ……もし、ユアンの事が気になってるんだったら、早めにツバ付けといたほうがいいよ。アイツ、あー見えて結構モテるからね」  え? ボク、そんなんじゃ……と、あわわと取り繕う様に必死で誤魔化そうとするリリーベル。その必死な姿を見たミオナは、思わずプッと吹き出す。 「あはは……冗談、冗談だって!」  笑いながらリリーベルの肩を叩くミオナ。その時リリーベルは、目の前に居るちびっ子先輩に全てを見透かされている様な気がして……正直、生きた心地がしなかった。この手の話には疎そうなミオナに、完全に遊ばれてる感は否めない。 「じゃ、私らもそろそろ追っかけるか――」  いつものように朗らかなミオナに戻った瞬間――スピーカーから、案内を知らせるチャイムが。ピンポンパンポンと軽快に鳴った後、品の良さそうな女性の声で、ご来店の皆様にお呼び出しのご案内を致しますとの旨が入る。 『工業系サークルのR&Cマシンワークスの皆様。いらっしゃいましたら、至急、専用外線55番にご連絡いだだきますようお願いいたします。……繰り返し――』  ん? と、訝しがるミオナとリリーベル。大体、こういう時に来る呼び出しなんぞに良い事なんて何も無い! そう心に呟いた。が、無視する訳にもいかず、二人は渋々と案内所に向かう。 「何だろ? こんな時間に……」 「修理の依頼とかですかね?」 「いーや。でも、なーんか……嫌な予感はするけどね」  え? どう言う事? と、訳も分からずに小首を傾げるリリーベルだったが……この時、ミオナが眉間にシワを寄せていた理由が、この後嫌と言う程思い知るのであった。 「いらっしゃらないって、どういう事なんですの!?」  マシンワークスの工房では、たまたま留守番にいたエルダヤンに声を荒げるイーデルアイギスの姿が。  彼女の手には、お土産と思われるお菓子が丁寧に個別梱包されている状態で籠に積まれ佇む。どうやら……ご挨拶に寄ったら、誰もいなかった事にご立腹だったようだ。急に行けばこういう事だってある。 「しゃーねーだろ。修理の依頼があって、今さっき出ていった所なんだからよ」 「それだったら……私に一言あっても良いようなものを――」 「お前さんは、リリーベルやにゃんこと違って正式なメンバーじゃねえし、何より……事ある毎にギャーギャー文句言うから、誰も声を掛けずに行ったんじゃねえか?」  エルダヤンの的確な一言に、力無くへたり込むイーデルアイギス。どうやら……本人が気にしている事を目の前で言われ、ちょっとへこんだらしい。 「そ、そんな……ひょっとして、私って嫌われてるんじゃ――」 「ま、アイツ等なりに気を使ったんじゃねえか? 本当に嫌いなら、口もきかない筈だし。何より……有能で優秀な人間は、切り札として大切に取っておくもんだしな」  この言葉を聞くなり、先程迄の態度が嘘だったかのように、イーデルアイギスは背筋をピンと伸ばしドヤ顔で立ち直る。 「そ……それも、そうですわよね」  さっき迄泣きそうだったのに、もう立ち直ってやがる。やっぱりコイツ、チョロいなぁ……と、エルダヤンは改めて思ったのは言うまでもなかった。 「じゃあ、そんな有能で優秀な君にここを任せるから、何かあったら連絡ちょうだいな」  エルダヤンは、そそくさと外に立掛けていた自転車に跨がる。その姿を見たイーデルアイギスは慌てて後を追う。 「え!? ちょっと、どちらへ?」 「こう見えて、俺も忙しいんだよ。じゃあな」  エルダヤンは、自転車を漕いで工房を出ていった。フラフラと右に左に振れる体を見て……イーデルアイギスは、上手く使われている事にようやく気付いた。 「ちょ……何なのよ、もう!!」  ソファに深く腰を掛け、ブツブツと独り言のように文句を呟くイーデルアイギス。  指を噛み鬱屈とする彼女とはうって変わって、空は見事に晴れ上がっていた。  所変わって、巨岩地域の遺跡内では――ジャハールが眼前の光景に驚愕していた。  とは言うものの……石板云々の事では無く、ボロの外套を身に纏っていた少年のような者が、実は伝説上にしか登場しない種族『竜鱗人』そのものであったからだ。  子供のような体の小ささに、竜の鱗を彷彿とさせる入れ墨が手足の先にびっしりと入り、瑠璃色の独特の澄んだ瞳を持っている。  過去の文献にこう記されていた人物が、今目の前に居る事を考えると……ジャハールは、考古学者冥利に尽きる事を噛み締めずにはいられなかった。  でも、それはソレ。そんな事よりも……この目の前にいる竜鱗人の世間を達観した物言いが気になって仕方がない。  数少ない関連資料によると……竜鱗人は、古より火山の麓や地獄に住まう占易と鍛冶を司る少数民族で、錬成銀の武具に精通する数少ない人々。世界の変革時には各地に姿を表し、これと見た勇者や英雄に自らの精錬した武具を与え、世界を危機から救う手助けをする……らしい。だが逆を言うと、戦乱の前哨には必ず姿を表す為、一部の人間達には、戦争を連れてくる疫病神だとか戦争調停人だとか言われて忌み嫌われている。  そんなありがた迷惑な人材に、ジャハールは次々と疑問をぶつける。そこに正解がある訳でもないのに……。 「……それは、どう言う事なんじゃ?」 「先日、我々の住む『神々の住まう門扉』より、東の空に一筋の光の瞬きが見えた。恐らくアレは……錬成銀の何かの武具の命が尽きた証。と、言う事は……この近くに、錬成銀の武具の保有者が必ず居る事の証左であろう」 「錬成銀のって……アレは、伝説や神話の頃の寓話じゃあ――」 「伝説や神話の話では無い。コレは、現実の話だ。お伽話をいくら丹念に丁寧に調べようとも、過去の出来事を全て把握出来ようはずが無い。それは、無知による傲慢と言うものだ」  無知と言われムッとするジャハール。  だが、相手は伝説上の人物。このまたとないチャンスを活かそうと、ジャハールは敢えて馬鹿なフリをして聞く事にした。 「では、そんな錬成銀の武具に精通した貴方様が、何故こんな寂れた遺跡に?」 「それは……探しに来たんだよ。錬成銀の武具の所有者……未来の勇者様をだ!!」  ステレオタイプな預言者風に力説する竜鱗人だが、ジャハールはイマイチピンと来なかった。  神話寓話が全ての情報源だった時代ならいざ知らず、今は機械文明がそれなりに発達し、その気になれば世界の果てまで一週間もあれば行ける時代。偶々見た一瞬の光だけで、こんな辺境の砂漠にまで来る物好きな人達を俄には信じられなかったからだった。  だが、言ってる事が本当だったら、決して無視して良い話ではない。下手をすれば、何の罪もない善良な人々が意味も無く命の危険に晒される『戦争』と呼ばれる全人類共通の悪夢を見る事になるからだ。  だが、どうすれば……と、ジャハールは顎に手を当て唸る。 「間もなくこの地域に、無秩序な暴力と目を覆いたくなるような理不尽。そして、先の見えない混沌が満を持して陽のあたるこの場所に出て来る。戦乱の時代の幕が開くという事だ!!」  竜鱗人の目には迷いなど無かった。それは……先人達の残した、貴重な経験談を下敷きとした確固たる自信の表れであるかのようだった。  ジャハール達がそうこうとやっているうちに……ユアン達の乗るバギーは、眼前に巨岩地帯を捉えていた。 (第十一話・つづく)
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