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第十一話 嵐の前兆 ( 2 )
ユアン達が砂漠地帯をバギーで疾走する中――その姿を、高い崖の上から双眼鏡で覗き見る軍人達の姿が。麦の穂の国のエンブレムが両肩に堂々と刺繍された制服に、肩にかけた黒光りするライフル。そして、泥だらけの外套に身を包み物陰に身を隠す軍人達……どうやら、何かの下見に来ている様子で、その中にはアグネリアンの姿もあった。
「バタバタか……また、随分と懐かしいポンコツに乗ってますね」
「軍事用としては終わってる代物だが、民生品としてはまだまだ現役だからな。本当、良いTAだよ」
「で、どうします? 追い払いますか?」
うーむ……と、顎に手を当て一考するアグネリアン。隊員達の中に独特の緊張感が張り詰める。
本来、斥候任務中に何者かを発見した場合、任務に支障をきたさない限り無視するのが大体のセオリーなのだが、今回はちょっと事情が違うようで……侵入者を発見次第、排除する方向で上から命令が出ている。だが、こんな所で余計なドンパチをやらかしてしまうと、自分達の存在を周囲にアピールする結果となり、折角の斥候の意味がなくなってしまう。
一寸の葛藤の後、アグネリアンは何か思い付いたように口を開いた。
「いや、後を付けよう。どうやら……目的あって、この砂漠に入って来ているようだからな」
「しかし、何でこのタイミングで――」
「仕方あるまい。我々にも事情があるように、奴らにも事情があると言う事だろう。仕留めるにせよ逃がすにせよ、相手の出方を見てからでも遅くはなかろう」
訝しむ軍人達を遮るように、アグネリアンは傍らに止めてあった軍用の幌付きのトラックから大きな箱を取り出した。
ちょっと大きめな背嚢くらいの大きさの箱から、折りたたまれたグライダーを取り出す。真ん中に小さな空気取り込み口が付いていて、短距離であれば自力で飛行が可能な作り。翼は薄く丈夫な素材を使用しており、多少の過酷な任務にも対応している。九十九折状態で格納されて小型ではあるが、偵察用としては充分な作りだ。
アグネリアンはグライダーを展開させ、顎をしゃくり上げ、さっと空挺用の身支度を整える。
「俺は奴らの後を付ける。ロイとブラッドリーはココでバックアップ。何かあったら連絡してくれ」
「一人で行かれるつもりですか? 無茶ですよ!」
「今は少しでも正確な情報が欲しい。それに、今回は俺だけじゃないよ」
アグネリアンが指差す先には、一際小柄な女性士官・シェリーアンが大急ぎでグライダーを展開させている。
「俺には、優秀な部下がこんなにも居る。過分な逡巡や時間の浪費は、ココでは無しにしたいんだよ」
戸惑うロイ達に、アグネリアンはグライダーに乗り込みサッと敬礼をする。
「では、行ってくる!」
アグネリアンは颯爽と崖から飛び出した。
風を受けグーンと飛び立つアグネリアンのグライダーは、みるみる小さくなってゆく。
アグネリアン達がユアン達の後を追い始めたその頃……ユアン達は、巨岩地帯の中にある遺跡に到着。ようやく、ジャハールと無事に合流していた。
現場に着くなり、ユアン達マシンワークスの連中は総出で作業を開始。チャ・ガのニケ以外の面々は、それぞれ手分けして部品を取り外し、中をカチャカチャと点検と修理を始めていた。
「で、どうじゃ。まだ動けそうか?」
「足回りには、別段異常は有りませんけど……どうやら、キャメルストライダーの制御系バッテリーが切れてるだけみたいッスね」
「一応、念の為持って来たトラック用の予備を使えば何とかなりそうですけれど……純正品じゃないんで、あんまり期待しないで下さいね」
機械の故障ではなく、単なる整備不良だった事が判明し、ジャハールは臍を噛んだ。どうやら……ここに来る為に、大枚はたいて買った機械がとんでもない欠陥品だったようだった。
「あのクソ親父め……何が新品同様、耐久性抜群の逸品じゃ。とんだポンコツを引かせおってからに!」
ジャハールは機械がすぐ壊れた事よりも、そんな商品をしれっと自分に売りつけた店主に怒りが沸々と湧いてくる。堂々と舐められた事が気にいらなかったようだ。
そんな事よりも……リリーベルには、ジャハールの傍らに立つフードを被った人が気になって仕方がない。
普段特別学区に居る関係上、コモン以外の人達と知り合う機会は決して少なくはないが……何処か前時代からタイムスリップしてきたような古臭さを感じる容姿に、どうしても意識が持っていかれる。
モヤモヤと一人で考えて、いても立ってもいられなくなったリリーベルは、思い切って聞いてみる事にした。
「それよりも……どなたです? 貴方。この辺じゃ見ない人のようですけど……」
リリーベルの発言に、竜鱗人はハッと気付き、外套に付いたフードを下ろしユアン達に顔を見せた。
「これは申し訳無かった。私の名は、リュウゲツ。かつて、竜鱗人と呼ばれた少数民族の末裔だ」
手足だけでなく、未だ幼さが残る顔にもびっしりと刻まれた龍の鱗を彷彿とさせるような入墨に、一同は、おお……と目を丸くする。
「ボクの所でも、お守りとして入れ墨を入れる事は有るけど……ここ迄細かく入ってるのは初めて見たよ」
リュウゲツの入れ墨に興味津々のリリーベル。そんな彼女を置いていくかのように、ニケはジャハールに、これからどうするか聞いてみた。
以前、同じようなシチュエーションの時に、回収に来た連中と帰る帰らないで半日ほどゴネた前科がジャハールにはあった。それ以来……この手の依頼が来ると、特別学区の何処のサークルも敬遠するようになった訳で、最後に回ってきたのがユアン達のマシンワークス。要は、ババを最後に引かされたと言う事に他ならなかったのである。
「で、どうするニャ? オイラ達は依頼を受けて、このヒゲダルマ先生の救出に来ただけニャんで、このまま特別学区まで引き揚げちゃうけんど……途中までで良ければ、ご一緒しちゃうかニャ?」
一瞬ふーむ……と思案した後、リュウゲツは諦めたように溜息をついた。
「私も、訳あって人を探してる最中なんでね。出来れば、近くの街まで乗せて行って欲しいのだが……」
ミオナはリュウゲツからの思いのほかいい返事を貰い、これを後ろ盾にした状態でジャハールに再び話を振ってみた。
ジャハールは少しでもここに残って石板の研究に時間を割こうとしたが、事が事だけに頭を掻きながら諦めるようにうなだれた。
「ぬう……仕方あるまい。遺跡の調査は、またの機会にするかの」
ふう。これで、やっと帰れる……と、ユアンが一息ついて首に巻いたタオルで顔を拭こうと、手袋を外した瞬間――リュウゲツが、驚愕の声を上げる。
「おい、ちょっと待て!」
リュウゲツはユアンに歩み寄り、ユアンの右手を捻り上げるように取る。突然の事に慌てるユアン。
「ちょ……いきなり、何を――」
「この、痣のような紋様はいつからある!? 生まれた時からココにあったのか?」
ユアンの腕を取り、じっくりと舐め回すように見るリュウゲツ。次第に、怒気と狂喜が入り混じった顔色になっていく。ワクワクが滲み出てきたようだった。
「確か……この前の大猿騒ぎが終わって、朝目が覚めて手を見たらもう付いてた。それ迄……こんなモノ、何処にも無かったよ」
「間違い無い! コレは……太陽の目印。錬成銀の部具の有資格者の証だ!!」
興奮気味のリュウゲツに対し、ユアンは困惑の面持ちを見せる。突然の事に、事態が上手く飲み込めない。
「しかし……錬成銀の武具は、持ち主の魔力によって反応する筈。何故なんの魔力も持たないコモンに太陽の目印が……」
「あー……それなんですけどね――」
ユアンは、気まずそうにリュウゲツに事の顛末を説明し始めた。
護身用として、父親の形見として街を出る時に祖父から手渡されたひと振りの変わった形の短剣が、まさか伝説にも似た武具だったなんて……ユアンが簡潔に淡々とこれ迄の経緯を説明するにつれ、リュウゲツの表情が次第に何か不味いものでも食したかの様に歪む。どうやら……こんなケースは自身も初めてのようで、更なる混乱を招き入れている事が手に取るように分かる。
「偶々、似たような痣がそこに出来てるとかは無いのかのぉ?」
「この太陽の目印は、錬成銀の武具により直接与えられたモノ。間違う事など万に一つもある筈が無い。それに、見てみろ」
リュウゲツが懐から小さな宝石を取り出し、ユアンの右腕の目印に手をかざしブツブツと呟く。すると……ユアンの腕から、ボワッと白い魔法陣のようなものが現れた。
「この石に反応して光を放っている。コレが、偶然に出来たモノではない間違い無い証拠だ」
確固たる証拠を見せつけられたミオナ達。おお……と、感嘆の声を上げていると、リュウゲツは人差し指を口に当て、しぃ! と黙るように促す。
「この地域の龍脈には、只ならぬ滞りみたいな不快感を感じる。恐らく……何らかの『主』が、この辺りに住み着いているのかも知れん」
しかし、何故なんの魔力も持たないコモンが……と、リュウゲツが思案と困惑に耽っていると、入り口の方から聞き慣れない声が中に投げ掛けられた。
「そこまでだ!」
リリーベルがふと入り口に目をやると……シェリーアンとアグネリアンの二人が、銃口をユアン達に向けゆっくりと歩いて来る。
「お前達……ここで、何をしていた?」
じ、実は……と、ジャハールがアグネリアン達に事の顛末を説明し始めた。
話が進むに連れ、大きく頷くアグネリアンに対し、眉をひそめ訝しむシェリーアン。そして……ジャハールの話を最後まで聞いた後、アグネリアンは構えていた銃をしまい、ユアン達を労るように話し掛ける。
「そうか……で、何か足りないものは無いか?」
この梯子を外すような行動に、シェリーアンは慌ててアグネリアンに詰め寄る。
「ちょ……中尉!! 奴らの話を鵜呑みにすんですか!」
「この眼前の状況と彼等の言い分を鑑みても……我々に嘘をつく理由が無いように思えるが、違うか? でないと、こんな辺鄙なところに来る理由は無いしな」
「で、でもそれでは……」
未だ食い下がろうとするシェリーアンの襟首を掴み上げ、アグネリアンは彼女の耳元でユアン達に聞き取られないように囁く。
「今の俺達の任務は、一人でも多くの一般人を、この辺りから一分一秒でも早く追い出す事だ。優先順位を間違えるな!」
「で、でも――」
「言い分は後で聞く。だから、今は黙って俺に従ってくれ」
「……了解しました」
グググ……と、言いたい事を堪えるシェリーアン。ユアン達に対し上目使いをする眼差しに殺意さえ感じる。
「でも、何でそんなに急ぐんだニャ? これから、お祭りでも始めちゃうのかニャ?」
そ、それは……と、シェリーアンが天を仰ぎ言い訳を考え始めたその時、ニケが喋った事に遅ればせながらハッと気付き声を上げる。
「ね、猫が喋った――!!!?」
キャーと、慌てふためくシェリーアン。どうやら、生で生きてるチャ・ガを見たのは初めてだったようで、動揺が見て取れる。
ああ……久しぶりに頂きましたよ、このリアクション。やっぱり、みんなが愛する魔法のケモノはこうでなくっちゃ……と、何故か感動するニケは置いといて、シェリーアンの隣に立つアグネリアンはどこ吹く風。我関せずと彼女に説明を始める。
「アレはチャ・ガと言って、魔法が使える喋る猫なんだぞ。見た事無いのか?」
「は、は、は……初めてですよ、あんな気持ちの悪いデブ猫は!」
「き……気持ち悪いですってぇ――」
天国から地獄とはまさにこの事。ニケの人生 (?) の中で初めて気持ち悪いと言われ、ニケは突っ伏してむせび泣く。割とハートは弱いようだ。
「君達のグループには、魔法使いが居るのか? 随分と変わったチームだな」
ミオナが……何せ、人員不足なもんでと、恥ずかしそうに小言で漏らすと、アグネリアンも同調したように、場所は変われど、抱えている問題は何処も同じって事か……と意味深に呟く。
利害関係が成り立たない一同に、一瞬、和やかな空気が流れ始めたその矢先。突如ゴゴゴ……と、地響きが始まる。
「な、何だ!?」
「いかん!! どうやら、お目覚めの時間のようだな」
「お目覚めって……誰が!?」
「それは――」
地響きは更に激しさを増し、遺跡の崩壊が現実味を増して来る。パラパラと落ちてくる破片。壁面に次々と亀裂が刻み込まれ、命の危険が徐々に迫る。
「みんな! に、逃げろー!!」
ジャハールの声が掻き消されるかのように、崩壊は粛々と進んでゆく。
「な……何だ、アレは!?」
アグネリアンの部下達が、小さく見える巨岩地域の異変に思わず声を上げる。
巨大な触手のようなウネウネが、声にならない咆哮を上げ縦横無尽に動く動く。
ドッタンバッタンと景気よく土煙を上げ暴れる異形のバケモノのその様に、ロイとブラッドリーはあまりの迫力で生きた心地がしない。
「た、隊長は? 無事なのか?」
「分からん。だが……」
ロイは、必死に通信機を片手にアグネリアン達の無事を訴え続ける。
通信機を必死であれやこれやとロイがやっているうちに……ザザっと、ノイズ混じりにアグネリアンの声が。その微かな声を聞き、ロイとブラッドリーはホッと胸を撫で下ろした。
「た、隊長! ご無事で――」
『心配を掛けてすまない。それよりも……少々事情が変わった』
「へ? 事情……ですか?」
『詳しくは、落ち合ってから話す。ポイントCまで、俺達を回収しに来てくれ』
「りょ……了解!」
不可解な状況に何処か釈然としないまでも、隊長のアグネリアンが無事だった事を取り敢えず良しとして、ロイとブラッドリーは、機材を撤収させトラックに乗る。
「隊長、無事で良かったな」
「だが……何か切羽詰まった雰囲気みたいだったのが、多少気になるが……」
「まずは、隊長達を回収するのが先だ。その先の事は、その先になってから考えりゃあいいさ」
……だな! と、ブラッドリーがセリフを吐き捨てた後、トラックはブロロ……と走り去って行った。
一方のユアン達は……特別学区に向け、二台のバギーを前後に連結させて全速力で走らせていた。
生憎、ジャハールが近隣の街で掴まされたオンボロのTA・キャメルストライダーが、さっきのウネウネから繰り出された一撃で見事に大破したが、それのおかげで土煙に紛れて、九死に一生を得た様子で上手く逃げ出せたようだった。
トホホ、結構高かったのに……と、落ち込むジャハール。でも、後方に目をやると……今だに暴れまくるウネウネが所狭しと気持ち悪く蠢く。
「このツケは、必ず払ってもらうからのぉ! 覚えておれー!!」
ジャハールの恨みにも似た捨て台詞を残し、ユアン達の乗るバギーは砂漠をあとに走り去って行った。
( 第十一話・完 )
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