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第十二話 風下に立つ男達の挽歌 ( 1 )
遺跡好きのジャハール先生を無事に回収するべく、特別学区の西に広がる砂漠地帯・白亜の砂漠の中にある巨岩地域の中にひっそりと鎮座する遺跡に向かったユアン達マシンワークスの連中は、何だかんだありながらも遺跡からの脱出に成功した。
一方の麦の穂の国の軍人・アグネリアンとその仲間達は、これから行なう小規模な模擬戦をこの辺りで行う為、地元の住人達や侵入者達を索敵して追い返す任務に従事していた。
ここで言う模擬戦とは……従来のエンターテイメントのような派手さが際立つ演習とは違い、地域を限定した小規模な戦争のような形態。近隣の集落を補給拠点と仮想して、各々が独自に設定する司令部を占拠するか、相手の隊長機を撃破すれば勝ちという、いかにもシミュレーションゲームの延長線上にあるようなモノである。
勝つ為の作戦を立て戦術を駆使することから、各国の上級市民達の間では悲哀と皮肉の意味を込めて、この手の模擬戦の事を『チェス・ゲーム』と呼んでいる。
TAを伴う作戦行動がメインの為、場合によれば死人も出るとか出ないとかで、大半の人々にはいい顔はされておらず、もっぱら食いつくのは、戦争を礼賛する頭の悪い無菌室育ちのボンボンか、結構な戦争マニアくらいなものである。
戦争を想起させる文言が敬遠される昨今、そんな軍都合の理不尽極まる模擬戦の準備が着々と進むなか、アグネリアン達は、地元の住人達の避難がすみやかに終わり、一時の平和な時間を過ごしていた頃――砂漠を疾走するユアン達の姿を発見し、現在に至っている次第であった。
巨岩群から突如現れた巨大なミミズのような謎のウネウネがここぞとばかりに大暴れした為、アグネリアン達は業務連絡を兼ねた戦況報告の為に、麦の穂の国の設営するベースキャンプに帰還していた。
兵舎の傍らに立つ、簡素なゲルのようなテントの中では――アグネリアンの直属の上官にして、今回の作戦参謀を務めるノックマン中佐と、つい先程起こった事の顛末の報告の為に呼び出されたアグネリアンが緊張感漂う空気の中で対峙するように立っていた。
アグネリアンからのファンタジー溢れる眉唾ものの報告を受け、ノックマンは苦虫を噛み潰したような面持ちでタバコをくわえていた。それもその筈。機械文明が発達し、戦車や航空機など人類の叡智の結晶たる工作機械があちこちに闊歩するこの世界に、突如得体の知れない化物の話が出るなんて……自身の中で如何に消化すれば良いのか思い悩んでる様にも見える。
「……なるほど、よく分かった。そんなデタラメなモノが出てくるとは……世の中、何があるのか分かったもんじゃないな」
「あんなデカイのは、自分も初めて見たんで……正直、狐にでもつままれたような気持ちですよ」
「ふうむ……世界は、まだまだ広いって事だな」
ノックマンは、顎に手を当てううむと唸る。
胸いっぱいに息を吸い込み、くわえたタバコが煙を掃き出しながらみるみる縮んでゆく。その面持ちには、未だ狐にでも摘まされた感の色が褪せない。
「でも、どうします? あの化物を」
「得体の知れないモノには、知らないふりをしてなるべく関わらない様にしたいもんなのだが……あんなに派手に暴れてくれたお陰で、兵士達に絶望感にも似たムードが蔓延して困ってはいるが……」
現在、バケモノを発見しただけでこれと言った被害はまだ無い。が、アグネリアンの話が本当ならば、バケモノと遭遇した際に、計上される被害は計り知れない。
自国内に蔓延する戦争に対する嫌悪感と、グリーンガーデンの不可侵協定の監視下の中、堂々と表立って武力行使が出来ない関係上、不要な戦闘と被害の計上は、出来る限り避けねばならなかった。
出来る事なら、今すぐにでも踵を返して国に帰りたい。何も見なかった事にして、この演習を無かった事にしたい……でも、現実問題として、それが出来ない事にノックマンは困り果てていた。
「本来、我々の存在意義は、自国に住む善良な国民達の安心と安全を守る事に起因している。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「困った問題が、一つだけある。アグネリアン、分かるな?」
アグネリアンは、あ……と、一人の男の顔が思い浮かんだ。
この国の軍隊の最高責任者で、ウツボの根城の主でもあるマホガニー大佐のご子息・ネスの存在であった。
ネスは、カロンとは異母兄弟にあたる末弟で、か弱い婦女子のような容姿と、地味めで控え目な性格もあって、母親や乳母らにかなり過保護に育てられた。兄弟達の中ではあまり目立たない存在ではあるが、臆病で要領が良く頭の回転が早い為、ある意味カロンよりも面倒臭い人物だ。
特に最近は、とある国で流行っている英雄物語にご執心のようで……自分もいつかはと、男心に火が付き始めた昨今なのである。この様子に気を良くしたマホガニー大佐は、可愛い息子の輝かしいキャリアに花を添えてやろうと出陣させたのが今回の顛末らしい。
直情的で猪突猛進が信条のカロンとは違い、ネスは自発的に活動するタイプでは無い為、ある意味警護しやすい相手であるのがせめてもの救いであった。
「あの方が、変に英雄っぽい事を言い出して、余計な色気を出さなければ良いのだが……」
「只でさえ、最近、英雄願望が芽生えたお方ですからね。取り巻きの連中に煽られなければ良いのですが……まあ、ココは自国より遠く離れた僻地でありますし、本来は戦う必要の無い相手。そこまでして、貴重な血税と、自身のキャリアを意味も無くドブに捨てるような事は――」
と、アグネリアンが持論を展開する中――隊長、ご報告が! と、テントの外から若い女の声が上がる。
何事かと思い、アグネリアンがどうした? と外に声を掛けると、シェリーアンが慌てて入って来た。
唯ならぬシェリーアンの様子に事を察したアグネリアンは、耳打ちという形で彼女から報告を受けた。その瞬間、アグネリアンの顔からは楽観的な余韻が一気に消え失せる。
「……本当か? それは」
笑顔が消えたアグネリアンは、神妙な面持ちで、実は……と、慎重にノックマンに切り出した。
「中佐。どうやら、杞憂で済みそうな雰囲気では無くなったようです」
「……どういうことだ?」
「どうやら……例のブン屋が、何故か紛れ込んでいたようです」
「な……」
ここで言うブン屋とは、軍人達に付き従う従軍記者達のことを指している。
災害派遣や演習など軍隊が活動する際には、軍隊の中に入り込んで密着取材を行っている連中なのだが、民間人代表としての監視役としての意味合いの方が強い上、各新聞社によって主張に微妙な違いがある。
彼らのペン一筆次第では、我らの英雄から希代の殺人軍団、税金泥棒とまで書き連ねられる為、迂闊な行動を取る事が出来ない。
麦の穂の国は、あくまでも民主主義国家の体裁をとっている関係上、無下にもできない存在なのは確かで、ある意味、隣接する外敵よりも厄介な存在であった。
「これから、奴の排除に向かいます。あとの事はお願いします」
「わ、分かった。なるべく丁重にな」
身支度もそこそこに、アグネリアンはシェリーアンを連れテントを後にした。
軍の行く末を、名も無き一介の民間人に振り回されてはたまったものではないと、憤りを抑えながら……。
一方、テントの外では――兵士達が慌ただしくあっちやこっちに駆け出してゆく。
そんな中、一人の新聞記者が鼻歌交じりに上級士官用のテントからフラフラと出てきた。
常に眠そうな顔に無精髭を蓄え、痩せ細った体に随分とくたびれたスーツに袖を通す一見うだつの上がらないサラリーマン風に見える容姿だが、麦の穂の国内では改革派で知られる新聞社『聴衆の目』の中でも、過激な取材を信条としている男、デラ・ロマであった。
時として、有りもしないデマ情報を垂れ流して情報操作を試みる時があり、軍としても手に余る人物として認知していた。
ベースキャンプ内を我が物顔でデラ・ロマがフラフラとしている所をアグネリアン達は発見。直ぐさまデラ・ロマの襟首を掴み、有無も言わさずテント裏に引き摺り込んだ。
嗚咽を上げる暇もなく引き摺り込まれたデラ・ロマ。痛てて……と、意識を戻そうとした眼前にはアグネリアンの姿が。怒りを顕なアグネリアンに対し、襟首を掴み上げられるデラ・ロマだが、口元には余裕の笑みが見える。
「こんな所で、何をしている?」
「ちょ……いきなりですか? これだから、軍人は……」
「確か……聴衆の目、だったな」
「デラ・ロマですよ。大将」
冷ややかな視線を投げ掛けるシェリーアンをよそに、アグネリアンはデラ・ロマの襟首を締め上げる。痛てて……と、悲鳴にも似た声を上げるが、何処か不気味な笑みすら浮かべ、アグネリアンを見る彼に少なからず狂気を感じる。
「……で、デマとゴシップが大好きな聴衆の目の新聞記者さんが、こんな所に何の用だ? ココは、関係者以外立入禁止の筈だが」
「へへ……一応、関係者って事で」
「時として、関係者と一般庶民を使い分けるのか。最近のブン屋は、随分と節操が無いな」
「そりゃないですぜ。大将」
「……その言い方、気に入らないな」
見下すようにニヤつくデラ・ロマを、唐突に地面に引き摺り倒すアグネリアン。
デラ・ロマは大して痛くもないのにギャアア……と、大きな悲鳴を上げジタバタとわざとらしく暴れる。痛てて……と言いながらも、アグネリアンの様子を伺う姿に不気味さをさらに醸し出す。
そんな姿にも我関せず、アグネリアンはデラ・ロマの髪を鷲掴みにして更に詰める。
「……それで、会ったのか?」
「さあ? それは、どうだか……ご自分の目で、確認されては如何ですか?」
「貴様――」
「おおーっと! 暴力はいけない。いけませんよぉ……穏便に、穏便に、ね」
「コイツ……」
余裕を見せるデラ・ロマに、アグネリアンの眉間にグッとシワが寄る。
よくよく考えてみれば……この男が、軍の施設に無断で侵入してくる度に、このやり取りを幾度となく繰り返してきている。その為、デラ・ロマも怪我をする事はあっても殺される事はない事を熟知しており、結構な無茶を仕掛けてくるし、挑発めいた行動をしてきていた。
アグネリアンが、この煮ても焼いても食えない男にやきもきしていると……遠方から、オオーっと歓声が上がる。
「な……何だ!?」
驚愕するアグネリアンを無視するかの如く、ものすごい勢いで土煙が舞い上がる。
ブワっと突風にも似た風圧に突然煽られ、アグネリアン達は木の葉のように宙を舞う。
「た、隊長――!!」
シェリーアンの声をかき消すかのように、設営したテントやらTAやら、まるで紙切れのように飛んでいく。な……と、圧倒的な力を感じる間もなく、アグネリアンとデラ・ロマは地面に叩きつけられた。
「化物め……」
ぐぬぬ……と痛みに耐え必死に堪えるアグネリアンとデラ・ロマは、転がりながらも何とか岩陰に身を隠す事に成功した。
「な、何だ!?……この突風は」
「恐らく、お前の大好きな化物だろうさ。良かったな」
じょ……冗談じゃない! と、狼狽するデラ・ロマだが、目には好奇心旺盛な少年のような目。どうやら、お眼鏡にかなったモノがようやくお目見えした事に、自身のジャーナリスト魂とやらの琴線に触れた瞬間であろう。傍から見れば、変わり者の領域を簡単に超えている。
「……で、どうするつもりで?」
デラ・ロマの投げかけに、どうしたものかとアグネリアン。ううむ……と考察に時を費やしているうちに、轟々と唸りを上げていた突風も、やや落ち着きを見せてきた。
アグネリアンがそっと辺りを見渡すと……飛ばされたテントやら機械仕掛けの設備が無残に転がる中にシェリーアンの姿が。無事か? と、声を掛けると、シェリーアンは手をひらひらと振る。どうやら無事のようだった。
アグネリアンは何事も無かったように、ゆっくりと身を起こし纏わりつく砂埃をパンパンと払う。
「取り敢えず……行くか」
ど、何処へ……と問うデラ・ロマに、アグネリアンは突風の先を指差す。
「アンタ……正気か!?」
「これも仕事なんでね。じゃあな!」
アグネリアンはデラ・ロマを一瞥する事も無く、土煙の舞う方角に駆け出していった。
「あっ、隊長!! 待って――」
アグネリアンが突然駆け出した事を受け、シェリーアンも慌てて後を追う。素っ気なく立ち去った青年達を見送る新聞記者は、服に纏わりつく砂埃を仰々しく払った。
「英雄が生まれるか、それとも尻尾巻いて逃げるか……見せてもらうぜ。お前達の覚悟と言うやつをな!」
デラ・ロマは、ヤレヤレと溜息をつきながらタバコ取り出しくわえる。ふぅ……と、ゆっくりと一服くぐらせた後、卑屈にヒヒヒ……と笑いだした。
( 第十二話・つづく )
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