第十二話 風下に立つ男達の挽歌 ( 2 )

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第十二話 風下に立つ男達の挽歌 ( 2 )

 一方その頃――特別学区で数人の教員と共に留守番をするエルダヤンは、工業技術科職員用の職員室で小さな手紙を広げていた。  その小さな手紙には、特別学区屈指の情報収集部隊『電探部』による先だっての白亜の砂漠で起こった顛末を書き連ねていたのであった。 「あーあ……やっぱりか――」  そんな事よりもエルダヤンは、目の前に鎮座している鳩の方が気になって仕方がなかった。  視線を下に下ろすと……愛らしいルックスに、クルックーと独特な鳴き声を発する平和の象徴を自負する姿は、一種の癒やしを振りまいているものの、この場には似つかわしくなく時として滑稽にも見えていたからだった。 「そんな事よりも……最新鋭の機材を駆使したハイテク部署が、まさかの伝書鳩か……電探部の連中も、随分とアナクロなモンまで取り扱ってんだな」 「先生が思っているよりも、本人達が一番ビックリしてると思いますよ。知りませんけど」  ここにいる中で唯一の女性教員・シオンが素っ気なく声を発する。  地味で控え目な見た目とは相反して、コモンでありながらニトラにも引けを取らない美貌を持つ彼女は、諜報技術に卓越した手腕を持ち、主にプログラム等のソフトウェア関係の指導をする電探部の顧問でもあった。 「それに……肝心なのは、正確な情報が一刻も早く相手に伝わる事。別段、最新鋭の機械を必ず使わなければいけないなんてルールは何処にもありませんから」  シオン自身、普段は目立たないように立ち振る舞いを気をつけてはいるものの、漏れ出す大人の女の色気に振り返る男達は多い。が、どことなく尖ったナイフのような冷たい印象と危険な香りを持つ女性だ。 「でも、思ったよりも早かったですね。てっきり、もう少し時間がかかるものだと思ってたので……」 「俺はやらないって思ってたんですがねぇ……どうやら、アテが外れたようですわ」  無骨極まりない男のこの一言に、シオンの眉尻が一瞬ピクっと動く。 「アテ……ですか?」 「ま、ちょっとした先読みたいなモンですよ。そんな深く考えんでくださいな」  ハハハ……と心無く笑うエルダヤンを軽蔑の眼差しで一瞥するシオン。どうやら、この情報に驚きを見せない男に、ちょっとした嫌悪感を持っているのは言うまでもなかった。  まがりなりにも諜報を取り扱っている者としては、自分よりも正確な情報を取り扱っている者がいるこの状況は、個人的に面白くはない。 (やっぱり……コイツ、何か隠しているな)  二人の間に漂う危険な香りを察知してかから、あわわ……と、周りの教員達が慌てふためく中、エルダヤンは我関せずにタバコを取り出し口にくわえる。 (さあ、どうするよ? お前の出方次第では、国民全員から針のむしろにされちまうぞ……)  エルダヤンが無意識に火をつけようとした瞬間、ここ……禁煙ですよ! と、シオンに声を掛けられ、ハッと我に戻り慌てて火を消した。 「……ま、何とかなるか」  トホホ……と、肩を落としながらタバコを片付けるエルダヤンを知ってか知らずか、特別学区にはどんよりとした雨雲が掛かってくる。  エルダヤンが事の成り行きを勘案する一方、アグネリアンとシェリーアンは巨大なミミズのような怪物・ウネウネと対峙していた。  麦の穂の国自慢のTA・ベイルポーンにも負けないくらいの巨大な怪物は、その鞭のような体を右に左にへと体を揺すり、アグネリアン達と距離を取るように遠巻きにブンブンと振るっている。  奇妙な形をした笛を一心不乱に吹くアグネリアンの奏でるメロディーに反応している為か、何処か苦しそうな様子。旋律が激しくなる度に、ギィ……ギギギィ……と、ウネウネの動きはぎこちなくなっていく。  ドッタンバッタンともんどり打つその度に、ビビ……ビビビ、と地面がわずかに震える。  そんなやり取りをする中、ついに巨大なミミズにも似た不気味なウネウネは、声にもならない唸り声を上げ、堪らず地中深くにその頭を地面に突っ込み、地面を引き裂くように潜っていった。  ゴゴゴ……と不気味な地響きが暫く続いたが、己の気配を消滅させるかの様に小さく小さく遠のいき、やがて地響きが聞こえなくなった刹那――シェリーアンは、ふと力が抜けたような感覚に襲われ、尻もちをつくようにぺたんと腰を落とした。 「た、助かった……」  シェリーアンがふぅ……と一息。力無く腰を落とした彼女が一難を退けた男に目を配ると、アグネリアンは笛を口元から離し演奏を止めた。 「コレで、ちょっとは時間を稼げるな」  ま、昔習ったナントカってやつだよ……と、はにかむような仕草を見せるアグネリアンを見て、シェリーアンは思わず感嘆の声を上げた。  シェリーアンが軍に入ってからの付き合いにはなるが、出会ってからというものの……銃や剣を扱った戦闘技術もさることながら、戦略や戦術にも卓越し、しかもTAの操縦技術も一級品。これといった弱点らしい弱点が見当たらないこの男に、ちょっとした違和感を感じざるを得なかった。  何をやっても卒なくこなすアグネリアンと名乗るこの男は、浮いた噂を聞く事がなく、悪い意味で人間臭い部分が見当たらない。そんな鬼子に、シェリーアンは心の何処かで信用が置けないものを感じていたのであった。 「それに、ココはエーテルが充満しているようだから何とか魔法を使う事が出来たんだ。平時だったら、どうなっていた事か」 「でも……コレなら、あの気持ち悪いウネウネを――」  シェリーアンの何気なく漏れ出た一言に、アグネリアンは呆れ気味に苦笑する。 「それが出来れば、最初から苦労しないよ。まさか、忘れてないだろうな? グリーンガーデンの不可侵協定を」 「あ……」  シェリーアンは、勝手気ままに戦争を起こさないように施行されたこの条約の事をふと思い出した。  かつて『荘園戦争』と巷で称された、全世界を巻き込んだ悪名高き権力闘争の末に結ばれたこの条約。世界平和という万人受けをする大看板の下、戦争を連想させる行為を全面禁止したこの条約だが、これには複数の面での意味合いを持っていた。  紛争の元種となる国境線を固定出来たのはこの最たる成果と言えなくもないが、問題はここにあった。  本来持ち合わせている領土や国力を元に線引きをしている訳ではなく、戦争が終了したとされる時点での線引き。いささか歪な国境線が意図的に引かれている節が随所に見受けられていた。  これにより……本来持ち合わせていない資産や資源が別の国の資産となったり、一つの民族が近隣の国々に分割されるなど、不自然な富の分散と、不自然極まりない資源の集中により、決して平等とは言えない処遇が施されていたのであった。形を変えた搾取が、平和の名の下に行われた証左でもあった。  その上、他国への武力での進行は言わずもがな、これに付随する大量殺人兵器や不可解な殺傷力を持つ魔法の類に至るまで禁止とし処罰の対象としていた点だった。  これに伴って、大量の科学者やら魔法使い達が大量に失職する羽目になった。  この事に不満を抱き、他国へ軍事進行など行った日には……世界中から非難を浴びせられるだけではなく、世界中の軍隊を敵に回して孤軍奮闘の大立ち回りを死ぬ迄演じ切らなければならなくなるのである。良く出来たシステムである。   このように……各国が程々に不満を抱える事により、損得勘定が上手く働かないように見せている点を見ても、大人の悪知恵が随所に垣間見える。このように……心無く知恵の廻る大人達の事情によって、世界中のその他の人達は不可解なルールに振り回されていたのであった。 「命の懸かった現場に、何処ぞの誰かが勝手に作ったルールを無理矢理擦り合わせにゃならん。このルールを破った日には、下手したら銃殺モンだ。コレじゃ、どっちが敵でどっちが味方かよく分からんよ」  皮肉を含め自嘲気味にぼやくアグネリアン。シェリーアンが、コレって風下に立つ者達のジレンマですね……と、つぶやくと、だな! と、会話を切った。  自分が何の為に軍隊に身を置き、時として理不尽な命令に従わなければならないのかますます分からなくなる。  どの仕事でもあるであろう、中間管理職のような理不尽さをじっくり吟味しつつ、アグネリアンは軍人としての矜持を思い出す。俺達は……ただ戦争を繰り返すだけの戦争屋じゃない。自分の国を、人を愛し守る軍人なんだと。 「ま、絶対に倒さなければいけない相手じゃないんでね。今回は、コレで充分だよ」 「まあ、完全に不意を突いた状態だったって言う事もあってか、結構卑怯な気がせんでもないんですが……」  シェリーアンの真っ当な疑問に、アグネリアンは……まあ、俺達は闘技場にいる奴隷のような商業戦士ではないんだがと前置きをした上で語りだした。  戦闘行為に重きを置いた商業戦士達とは違い、軍人としての最優先事項は、国家に危険を招く要因を速やかに排除をする事。その延長線上に、戦闘行為やや占領工作が存在する為、知識の無い人々からは職業戦士の連中と混同されやすい。 「俺達が、奴等と決定的に違うのは、ケンカを売るタイミングを自分が選べる事だ。相手を選べる上、都合が悪ければ戦う事だって放棄することが出来る。だから負けない。本当に強い奴は、ここを間違えない奴の事を言うんだ。ケンカを生業とした奴等と違って……俺達は、よーいドン! で戦う義理は何処にも無いからな」 「……強者の秘訣ってやつですか?」 「その言い方は、個人的には好きでは無いが……ま、そんなところだな」  自己満足で展開される正義という名の暴力に興味を示さない。アグネリアンは、与えられた任務を着々とこなす事のみにその視線は向けられていた。 「た、隊長――!!」  ゼエゼエと息を切らして、一人の兵士がアグネリアン達のもとに駆け込んで来た。息も絶え絶えなその様子から、只ごとではない事は、想像に難くない。 「どうした。また、何処ぞにでも化物が残ってたか?」 「そ……そんな事よりも――」  飛び込んで来た兵士の報告に、ハッとした表情と共に、アグネリアンの顔色が変わる。どうやら……例のブン屋の姿が何処ぞヘ消えたという報告のようだった。 「い、いかん! 戻るぞ!!」  アグネリアンは踵を返し、自軍の展開するキャンプに歩みを進める。その姿を見て、シェリーアンも慌てて続く。 「俺とした事が……一番厄介な怪物の存在を忘れてたよ」 「ま、まさか……」 「そう言う事だ。急ぐぞ!」  最悪の事態が頭を駆け巡る。  俺とした事が……後悔にも似た狼狽を頭で何度も叫びながら、アグネリアン達は現場を後にした。 「おお……」  取り急ぎベースキャンプに戻るアグネリアンをよそに、従軍記者デラ・ロマは、麦の穂の国のキャンプ内に設営された司令官室にいた。  簡素な感じに組まれたテントの中では……軍の士官達に混ざり、司令官付きの参謀として参加したマホガニー大佐の息子・ネスを眼前に置き、手土産持参で面会をしていた。  ネスに詰め寄る形でデラ・ロマ。胸元に輝くロケットをチラチラと存在をちらつかせる。そのロケットの中心部には……『龍脈鉱』と呼ばれるエーテルの結晶が、緑や青、赤といった彩り鮮やかに怪しく光る。  小さいながらもキラキラと光り、異様な存在感を誇示する石を覗き込む麦の穂の国の軍人達は、ほお……と感嘆の声。一同の羨望の声に反し、ネスはより一層眉間にシワを刻み訝しむ。 「で……コレで、僕に何をしろと?」 「アンタは軍を動かしてヤツを退治して、俺はその姿をこのカメラに収める。素晴らしいくらいに簡潔で、簡単な事じゃないですか?」 「得体の知れないあの輩相手に、命の危険をわざわざ犯せと? 何をバカな事を……」  ネスは、呆れ気味に嘲笑する。  それもその筈、軍付きの参謀と言う立場を付帯されている以上、勝手気ままに軍を動かすわけにも行かない上、得体の知れない怪物相手に勝てる要素が全く見当たらないからだった。  自軍の持つ兵器の類が全く通用しない上、圧倒的な力の差を見せつけられ、兵士達は完全に心が折れ、負け戦感が部隊に蔓延している所は正直面白くはない。何とか一矢を報いたい気持ちはやまやまだが、死んでしまっては何の意味も無い。 「相手の素性を未だ把握出来ていないのに、無闇やたらと突っ込んで行くのは、死ににゆくようなもの。そんな事、出来る訳がなかろう!」  デラ・ロマの挑発にはそうは簡単にかかってやるものかと言わんばかりに、ネスは話にならんと遮った。  この行動に気を良くしたのか、先程まで黙っていた士官連中から、デラ・ロマに畳み掛けるようにガナり始めた。  己からは絶対にリスクを取らず、勝てると見込んだタイミングで、勝てる相手にのみ強く出る……飢えたカラスと化した士官連中には、最早、軍人としての誇りは何処にも感じなかった。 「我々は、遊びで兵器を扱ってる訳ではない! いざという時の為に、日々研鑽を――」 「そのいざって時は、いつなんですかねぇ?」  デラ・ロマのこの一言に、騒ぎ立てていた士官連中は一斉に沈黙を始めた。  平和な世に中が続いたせいか、完全に取り巻きと太鼓持ちと化した士官連中に、反論を展開する術は無く、情けない姿をたださらけ出しただけになった。 「わざわざ英雄になるチャンスが、向こうから人参ぶら下げて目の前まで来てるんだ! コレをチャンスと見て動けないってぇのは情けない!! 国を背負って立つ精鋭諸君が、こんな体たらくだったとは……」  しゅんと意気消沈とする士官連中達を前に、デラ・ロマは雄弁を放つ。言葉が次第に熱を帯び、演説のように形態が変わる。そして、気が付けばデラ・ロマがこの重い空気を完全に掌握していた。こうなると、士官連中になす術は既にない。 「俺が言いたいのは、自らに課せられたミッションを遂行しろってぇ事ですよ!! 最初から負ける事ばっかり考えて、小動物みたく震えてるんじゃねぇって言ってんだよ! 恥ずかしくねぇのか? 軍人として、男として!!」  デラ・ロマの次第に声が大きくなる。ここまで来ると、最早恫喝に近い。 「ボチボチ覚悟、見せてくださいよ。……英雄に、なりたいんでしょ?」  士官達同様、完全にデラ・ロマの迫力に飲み込まれたネス。もう、何も言い返すことが出来ず、ぐぬぬ……と臍を噛む。  デラ・ロマは、より強く高圧的にネスに迫る。 「僕に……命令するのか?」 「そんな事、自分で考えてください」  その姿は……完全に主と従の関係が逆転していた。 ( 第十二話・完 )
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