第十三話 姿なき偶像(1)

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第十三話 姿なき偶像(1)

「あーっ! イライラするー!!」  とある日の昼下り……特別学区内にあるマシンワークスの工房では、月末恒例の締め作業に追われていた。  作業内容としては……業務として行われている機材や、事務用品等の買物時に発生する売掛金や買掛金の精算や、修理した機材の搬入出等を行った際に発生する伝票を記帳する地味な作業。  とりわけ、いつもならユアンとリリーベル、ミオナの三人で手分けして事に当たっていたが、今回は猫のニケを含めてレギュラーメンバーが全員いない。  偶々工房に遊びに来たイーデルアイギスと、月末作業のヘルプでやって来てたサランサランが代わりに手分けして締め作業に勤しんでいた。 「何で、私があの連中の代わりに、こんな地味な作業を……」  あとは、ヨロシク! の書き置きと共にいなくなった連中に憤りが顕になるイーデルアイギスのグチを傍らに、サランサランは黙々と作業を続ける。 「仕方ないじゃない。ユアンは龍隣人のおじさんと『始祖の山』に行っちゃったし、先輩とリリーはお使いで学区外に行っちゃったからね」 「けど、何故にあのにゃんこまで山に行く必要があるのか、私には理解に苦しみますわ!」  イーデルアイギスの一言に、サランサランは 興味が湧いてきたのか、手を止めて、うーん……と一考。その後ゆっくりと言葉を刻む。 「まあ、ユアンが魔法を使えるようになったのは最近の事だし……もし、ちゃんとした魔法がどうしても必要になったら、猫ちゃんが助ける事になってるんで大丈夫だと思うよ。強いて言うなら、保険?」 「そ、そんな事は、言われるまでも――」 「それとも、他になんか気になっちゃう感じ?」  そ、そんな事は……と口ごもるイーデルアイギス。その姿を見たサランサランは、何かピンときたのか、ちょっとしたイタズラ心が湧いてきた。 「ひょっとして、あなた――」  サランサランの少し含みのある笑みに気付いたイーデルアイギスは、何か取り繕うようにアワワと取り乱す。 「分かりやすい人だなぁ……」  サランサランは、昼下がりの平和なひと時のこの光景でボソリとつぶやいた。 『……と、言う訳で、麦の穂の国の軍隊は、謎の熱砂に巻き込まれ、壊滅的な被害を被った訳で――』  真っ青に染まる空。  雲ひとつない晴天の下、亜熱帯地域を我が物顔で大河を、一艘の揚陸艦がのんびりと水面を切り裂きぐんぐんと進む。  揚陸艦の中では、ミオナとリリーベルがロープで厳重に繋がれたバギーの傍らでくつろいでいる。  穏やかに流れるラジオの音。バギーの荷台でうつらうつらと頭を垂れるリリーベルをよそに、ミオナは運転席で何処か物足りない様子。 「うーむ……思いの外、暇だね」  今回の依頼は……特別学区外の国境沿いの街に、TA用のレシプロエンジンとパワーインバーターユニットを持って行き、現地で修理を行う至ってよくある依頼内容だった。  案の定、その依頼は滞りなく無事終わって、帰路につく最中なのではあるものの……最近、何かとトラブルに見舞われるのに慣れてしまったミオナにとって、やはり何か物足りない。 「……やっぱり、猫ちゃんとチェンジした方が良かったのかしら?」  普段であれば、それぞれの特徴を上手く活かせるように、ユアンにはリリーベル。ミオナ自身には猫のニケをそれぞれバディを組んで事に当たるのだが……今回は、リリーベルのTAの操縦技術の向上の為と、この間リリーベルに聞き損ねたユアンに対しての答えを、このどさくさ紛れにヒアリングしようとこのような分け方にしてみた。が、特別、何か為になるような事が聞ける事もなく、思った以上にリリーベルはTAの操縦をちゃんとこなしていてミオナは拍子抜けしていた。 「案外、ちゃんとやるんだよなぁ。この子……」  長い耳を持ち、魔法と共に森の片隅に暮らすニトラアインと呼ばれる人々は、割と古い習慣や考えに執着する傾向があるのだが……とりわけリリーベルに関しては、この特徴は当てはまらなかった。  魔法以外の事にも興味を示し、教えた事は次々に吸収。次の日には言われなくても出来るようになるなど……元来の勉強熱心さが表れている。 「悪い子じゃないんだけど……何か、物足りないなんだよね。真面目過ぎて」  ま、そんな事で頭を使ってもしょうがない。折角だから、もう一眠りしようかな……と、ミオナが眠りにつこうとしたその刹那――。 ドドドオオオオン…………!!!  と、怒鳴るような轟音があたりに響く。  えっ!? 何?……と、慌てて飛び起きるミオナ。その拍子に、慌ててリリーベルも縁に頭をぶつけて目を覚ました。 「な……何か、あったんですか?」 「分からない……けど――」  リリーベルが音のした方に目をやると、船の後方から何艘かの小型の船が、くたびれたモーター音を響かせながらこちらに向かって来る。 「えーっ……何?」 「……海賊?」  困惑するミオナ達の傍らに、いかにも軍隊上がりの風体をした中年男が、不機嫌を撒き散らしながら甲板に降りてくる。この揚陸艦の船長・ミュゼットだ。 「全く! アイツら、また性懲りもなく来やがったか!! いっつも商売の邪魔しやがって!」 「船長さんの知り合い?」 「……仲は良くないがな!」  ミュゼットの話によると……彼らはこの辺りに住む地元住民。元々、この辺りは特別学区と麦の穂の国との国境近くの緩衝地帯で、頼れる警察や軍隊のような組織が近くに無い為、この地域では自警団が治安維持の要になる。  その自警団が食えなくなると、時々目の前を通るよそ者を襲って、飢えを凌ぐ光景があるとかないとか。それで食えなくなると時々海賊化してこうやって現れるのだそうだ。  普段なら、銃を一発空に放てば一目散に逃げていくのだが……今回はなかなか帰らない。 「奴ら、いよいよ切羽詰まってるようだな……本気で来るかもしれん。コレを使え!」  この光景に、ミュゼットは慌てる様子もなく、木の棒をミオナ達に渡そうとしたが、ミオナ達は丁重にお断りし、私達にはコレがあるんで……と、ミオナは腰に帯刀していた短剣を取り出し、リリーベルは首飾りを軽く触り一呼吸。  ふぅ……と息を吐いた後、首飾りがほんのり光を放った。 「ココ、何とか魔法は使えるみたいです」  ポワっと優しく灯る光を初めて目にした船長は、口笛を吹いて目を丸くした。 「これが……魔法ってやつか」 「ボクも久しぶりに使うんですけどね」 「……アンタ達、何者なんだ?」 「通りすがりの機械屋ですよぉ。ごく普通のね」  揚陸艦は、とうとう小型の船に追いつかれ、賊が次々に揚陸艦に飛び乗ってくる。 「さあ、行くぞ!!――」  エンジン音が喧しく騒ぐ中、ミオナが叫ぶ。  揚陸艦の上で緊張感のある展開になっているその頃――特別学区の工房では、イーデルアイギスとサランサランが、綺麗にまとめた書類を端に置き優雅にティータイムに興じていた。 「ま、記帳は一通り終わらせたんで、あとはコレをまとめて書類を書いて、管理局に提出すれば完了だね」 「フフフ……思ったよりも、大した事が無かったですわね」 「まあ、何かあった時のために、事前にやれるところまでやってたんじゃないの?」  イーデルアイギスは高笑いしながら紅茶に興じているが、記帳などの作業はほとんどサランサランが片付けたのは言うまでもなかった。 「で、イーデルはこれからどうするの? もうちょっとしたら、先輩達が帰ってくるとは思うけど……」  そうねぇ……と、イーデルアイギスが小首を傾け一考していると、プルル……と着信音が。  誰だろう? と、サランサランがポケットから板切れを取り出し応答する。  サランサランはニトラアインの亜種、デ・パソルと呼ばれる長い耳に褐色の肌を持つ種族。同じ耳長の種族でも肌の色が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるものかなぁ……と、イーデルアイギスが関心していると――。 「えーっ!! 売上金が無くなったぁ!?」  と、突然の大声。  これに驚いたイーデルアイギスは……え!? どういう事? と訝しみながら聞き耳を立てる。  サランサランの会話から察するに、どうやら帰りの移動中に、ミオナ達は近くに住んでいる海賊と化した住民達に襲われたそうで、追っ払う際に大事に持っていた売上金の封筒が何処かに行ってしまったようだった。 「今の御時世、振込にしてもらえばこんな事にはならなかったのに……何故?」  イーデルアイギスとサランサランの間にこの疑問が出て来た瞬間、奇しくも同じ答えが二人の頭をよぎった。 (あ、手数料ケチったのね……)  妙に納得する二人。  くそーっ! 絶対見つけ出してやるー!! とミオナの叫ぶ声が板切れ越しに重く響いていた。  再び揚陸艦の甲板――。  恐る恐る板切れの通信を切ったリリーベルの眼前には、グルグルに縛り上げられた海賊達が、ミオナとミュゼットを向かい合うようにふてぶてしく腰を下ろしていた。 「さてと、これからどうしてくれようか……」  怒りを顕にするミオナをよそに、海賊達は強気な姿勢。  捕虜に関しては、身柄を保証しないとグリーンガーデンの条約に抵触するだの、この扱いに関しては後日中央委員会に報告するだの、好き勝手な事を次々と放り込んで来る。  あまりの暴挙に苛ついたミオナは……私達、軍隊じゃないんですけどね。と、ボソリと呟くやいなや、海賊達は自分達の置かれた状況に気が付いたのか、シュンと大人しくなってしまった。  本来、グリーンガーデンの不可侵条約は、各国の軍事関係者に対してのお約束なのであって、一般市民には適応はされていない。  むしろ、一般人に対して海賊行為を行った彼らの方が、裁定の場では圧倒的に不利に裁かれる事となるのだ。 「でも、どうします? このまま開放すると、また海賊行為を繰り返すだけだし。かと言って、引き取ってもらうにしても、何処に行けばいいのやらで……」  確かに、引き取ってくれる所なんて、この地域ではまず無いからなぁ……と、ミュゼットが漏らすと、ミオナとリリーベルがうーん……と頭をもたげた。 「……じゃあさ、ここで捨てちゃう?」  怒りに満ちたミオナが不意にボソリと呟いた。 このセリフを聞いた海賊達は、一斉に、助けてくれ! だの、何でもするから命だけは!! だの勝手気ままに叫びだした。 「ウフフ……冗談、冗談」  今度は一転して、満面の笑顔を見せるミオナ。だが、その目は一切笑っていない。  この姿を見たリリーベルは、この人に逆らうのは止めた方が良いと心に誓うのであった。  そうこうしているうちに、遠くの方から、おーい! と叫ぶ声が。  ミオナ達一同が、声のする方に視線を向けると――1艘の小舟がゆっくりと近づいて来る。  船首には女性が、船尾には従者のような風体をした男が操舵している姿が確認出来た。 「そこの船の人、待ってー!!」  船はどんどん揚陸艦に近づいてくる。     ※    ※    ※ 「よっこいしょっと!」  小舟で近づいてきた男女二人が揚陸艦に乗船してきた。  よく見ると……仕事以外で使う筋肉は一切付いていない感の無駄なく鍛え上げられた体は、いかにも地元の漁師ですと言わんばかりの身なり。腰に作業用のナイフを携帯していたのが見えたが、特別好戦的な様子はなかった。 「私達の村の住民が失礼を致しまして……」  女の方から口火を切って放たれた言葉は、体裁上は謝罪文のようではあるものの、妙に手慣れた感じで、ミオナとリリーベルには何かの定型文を読み上げているように聞こえた。 (うーん……こりゃ、ちょっと厄介な連中なのかも知れないなぁ)  一連の口上を終わらせた女は、住人達の粗相のお詫びと言ってはなんですが……と、自身の村に招待したいと提案してきた。  初見の人間に対して、粗相があった事でお詫びしたいという事は理解が出来る。だが、一連の海賊の襲撃から、この女の人の登場するところまでの手際があまりにも良過ぎるのがミオナの頭に引っ掛ていた。  けど、このままだと失くした売上金も回収出来ず、手ブラで特別学区に帰らにゃならなくなる。結果的にタダ働きになるのだけは避けたい。  こんな事になるんだったら、手数料をケチらなきゃ良かった……と、今更ながらミオナは後悔するのだった。 「どうします? 先輩」 「うーん……でもなぁ、まだお金が見つかってないし。かと言って、この人達のお世話になるのもちょっと違う気もするしなぁ……」  グズグズと逡巡するミオナを見かねたミュゼットから、だったら、俺も一緒に探してやろうか? と提案してきた。  まあ、この揚陸艦は、このまま何もしなくても燃料だけは減っていく訳で、この河の中央でガス欠になって立ち往生してしまうのだけは避けたい。せめて、何処か燃料が補充出来る場所に移動したいという考えのようだった。 「……分かりました。けど、お金が見つかるまでですよ?」  ミオナは、住民達の要求を取り敢えず飲む事にした。  この怪しい住人達の仕上がったこのやり取りは気になるものの、このままだと埒が明かないのと、早くこの閉塞感から脱したい考えもあって、長考の末の苦渋の決断だった。  一同を乗せた揚陸艦は、地元住民こと海賊達の住まう村へ艦首を向け、水面を切って走らせるのであった。 (第十三話・つづく)
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