第十三話 姿なき偶像(2)

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第十三話 姿なき偶像(2)

 一方その頃――特別学区内にあるマシンワークスの工房では、歓談を楽しむイーデルアイギスとサランサランの下に、機械科の教員でもあり、この工房の担任でもあるエルダヤンが合流してきた。  この冴えない感じのコモンの中年男性は、心配して見に来たという感じではなく、責任者がいない工房の電話番に誰が来ているか、ソイツがちゃんと仕事しているか確認しに来たような感じであった。 「あー、まだ帰ってないのか……」  エルダヤンは特別落胆することも無く、長椅子に深く腰を掛け、おもむろにタバコを取り出す。 「ちょっと、先生!」 「止めてください。また、偉い人に怒られますわよ!」  一瞬の逡巡の後、はいはい……と、エルダヤンはタバコを胸元のポケットに渋々片す。 「……それにしても、随分と時間が掛かってる気がしますね。何かあったんでしょうかね?」 「さあな? ひょっとしたら、何処かの誰かに捕まったか、落とした売上金がまだ出て来てないんじゃねぇか? ここの連中の中で、ミオナは特に金と食い物に関して執着がすごいからな」 「やっぱり、ちゃんと口座に振り込んでもらえばよろしかったんじゃなくて?」 「……ま、売上金の3〜5パーセントが手数料として取られるからなぁ……単価が高いのもあるから、気持ちは分からなくもないけどね」 「まあ、何かあったら電話の一本でも送ってくるだろうよ。なんだかんだ言いながら、今まで何とかなって来たんだしな」  結局のところ、3人は何もせず傍観する事に決めたのであった。  イーデルアイギスら3人の心無い心配をよそに、ミオナとリリーベルは、揚陸艦の艦長・ミュゼットと共に巨大な運河の中洲にある地元住民達の住む村に着いていた。  亜熱帯のようなジメジメとする感の気候に、生い茂った木々や川から流れてくる廃材を積み重ねて足場を作った、いわゆる巨大なイカダの上に作られたような人工島。水に囲まれた悪のアジトっぽい雰囲気だ。  少し開けた所が広場となっているようで、そこを中心として、辺りの木々を利用するような感じで家があちこちに建っている。  そんな中――村の中心に一際大きな建物が。  木々や建築用の廃材上手くを寄せ集めて組み上げた塀に囲まれた、いかにも村長の家らしき建物の中で、先程の女・エリと一緒に付いて来た男・ジョシュが村長のソンチョと共に応接間にいた。 「……で、コレが例のアレだな?」  エリから今までの経緯を聞き、ソンチョとジョシュが腕を組み、うーむと唸り声を上げた。  彼らの眼前には茶封筒が。中には……帯で括られた札束が入っていた。  元々この村は、貧しいながらも漁業で細々と暮らしていた村。時には目の前を通り掛かる船舶に押し入り海賊行為をする事もあるが、それはあくまで飢えを凌ぐための緊急手段。ここ最近はあまり行う事はなかった。  そんな中、普段お目にかかれない金額の入った封筒が、なんの因果かどさくさ紛れで手に入ってしまったのであった。 「改めて見ると……結構な額だな」  ソンチョの顔が見る見る綻んでくる。  本来は、持ち主にそのまま返却するのがスジではあるが……こちらとしても、村人を怪我させられた手前もあり、このまま本人達にごめんなさいで済む問題ではない。  何より、飢えて死にそうだから海賊行為をやったのにも関わらず、手に入れたお金を何もせずに返すなんて死んでもしたくない。でも……と、良心の呵責と現実問題を心の天秤に掛けて平穏ならざる状況に陥っていた。 「やはり……このまま返すのが良いのではないでしょうか? 元々、私達の行いのおかげでこんな事になってしまった訳ですし」 「私だって、このまま返したいわよ。けどね……私達だって家族がいるし仲間もいる。背に腹は代えられない事情ってのがあるのよ」  けど……と、ジョシュが言葉を紡ごうとした矢先。ソンチョが手を前に突き出し二人の言葉を制した。 「ワシに考えがある。どうだ? 乗らんか?」  不敵に笑うソンチョにエリとジョシュは固唾を呑んで、ソンチョの妙案とやらに傾聴した後、エリとジョシュが怪訝な顔を見せた。 「え?……宗教、ですか?」 「これだと、寄付っていう形でありがたく受け取れるし、この金を返す必要が無くなるんじゃないか?」 「でも、そんな事してバレてでもしたらどうするつもりなんですか? 私達が全員悪者になってしまうんじゃ……」 「その時は、お前らで奴らを始末するなりして何とかしろ! その為に高い金出して雇ってるんだ! 給料分は働いてもらわんとな!!」  ガハハ……とソンチョは、エリとジョシュを見下すように下品に笑う。  強欲なくせに、妙な所で色気を見せようとするソンチョに辟易するエリとジョシュであった。 「――てな感じで話し合ってたりなんかしてたらさ、何か面白くない?」  ソンチョ達の部屋の隣の控室のような個室で、ミオナとリリーベル、揚陸艦の艦長・ミュゼットの3人がタラレバ話で盛り上がっていた。  先程のエリとジョシュに、この部屋に通されてからかれこれ小一時間。村長を呼んでくると行ったっきり帰ってこない。  完全に暇を持て余した三人は、暇つぶしの為に、今後どんな感じでこの話を進めるのか大予想大会をやっていたのであった。 「それだったら、わざわざ宗教やってます感を出す必要無くないですか? 海賊行為までやってるのに、その上で神様信じてますって言われても、説得力が……」 「ここ来るまでに村をぐるっと見渡したけど、宗教の『しゅ』の字も無かったもんなぁ……流石にソレは無いんじゃないのか?」  再び、うーん……と、腕を組んで唸りを上げるミオナ。……これは5点だな。ミオナがそう呟くと、リリーベルとミュゼットも同意した。  いくつか出たアイデアの中で、一番無いアイデアだったようだった。 「ところでさ、いくらなんでも遅すぎない?」 「まあ、あちらさんの都合が合わないのか……それとも――」 「何か、企んでる感じですかね?」  ま、警戒だけはしといたほうが良いね……と言わんばかりに、ミオナは腰に携帯している短剣に手を掛け、リリーベルは腰のポーチから一束のロープを取り出す。  ぼーっとミオナ達の様子を見てるミュゼットに、ミオナは……艦長さんも、何か準備しといたほうがいいよ。多分、何かあるから。と、耳打ちをした。  よくよく考えると、ここはさっき自分達を襲ってきた連中の根城。なんだかんだ言いながら、いつ襲われてもおかしくないシチュエーションであることには変わりない。  そこを、何も考えずにボーっと待っているなんて何て間抜けな連中なんだと嘲笑を浴びせられても仕方ないのは事実。けど……お金返してほしい一心でわざわざここに乗り込んで来た手前、手ブラで帰る事は全く想定していないミオナには、他の選択肢は一切考えられなかったのだった。  ミオナ達の緊張感がググっと高まってくる中――入口のドアをコンコンとノックする音が。  リリーベルが返事するなり、ゆっくりとジョシュが入室し、お待たせしました。こちらへお越しくださいとミオナ達に部屋から出るよう案内する。 「じゃ、行きますか……」  そうミオナが言うと、リリーベルとミュゼットはゆっくりと部屋を後にした。 「よく来てくださいました、旅の方。ささ、どうぞコチラへ」  ソンチョの声に促されるように、ミオナ達は応接間にゆっくりと入室した。  入ってみるなり、司祭の格好をしたソンチョが両手を広げ歓迎の様子。その部屋も、各所にいかにも宗教行為やってますよ感が満載の祭壇や神具のようなものがあちこちに散りばめられていた。 「で、私達に何のお話があるんで?」  懐疑的な視線をソンチョに浴びせ掛けるミオナ達。それをものともせず、ソンチョは司祭のような振る舞いを続ける。 「先ずは、先程の我が村民たちによる非礼をお許しください。我々にも涙なしには語れない事情というものがありましてな――」  ソンチョの放つ一言一言が、立て板に水の如く、心のこもっていない謝罪文が次から次へと漏れ出てくる。  やれ世界情勢が悪いだの、気候変動のせいで作物が取れず、我々は苦しくひもじい思いをしてるだの、聞けば聞くほど言い訳がつらつらと出てくる。出て来る言葉がいつの間にか謝罪分が愚痴にすり替えられ、最後に……と、言う訳なので、今回の所は私達への寄付として――と、話を締め括ろうとした瞬間――。 「それとコレとは話が別なんで、ちゃんと返してもらえます? 私達のお金を」  と、ミオナがソンチョの独演に割って入る。  その拍子に、えっ!? そ、それは……とソンチョはたじろいだ。  ま、まさか……この完璧な説教と扮装がこの年端もいかぬ少女にバレたというのか? そんなハズは……と、ソンチョは動揺した。 「貴方がたがひもじくって辛い思いをされているのはよく分かったんですが、こちらは、ここの海賊に襲われてお金が無くなっているんです。で、それを取り返しに来ただけなんです。……私達も忙しいんで、愚痴だったら、そこらへんの居酒屋でヨロシクやってもらえますか?」  ぐ、愚痴だとぉ……と、最初穏やかだったソンチョの口調が次第に怒気を含んできた。  どうやら、必死に考えたお金頂戴プランを否定され頭に来たようだった。  そもそも……この村人達の貧相な格好に比べて、この司祭風の男の派手な格好が分不相応であからさまに浮いている。どうやら、回収出来た金やモノは、一つ残らずこの男に回収されているのは察しがついた。 「大体、そのへんに落ちている物って全て盗品ですよね? これらの宗教に関係のない物も混ざっているのを見て、この人が宗教関係者だと思う人は誰もいませんよ!」 「結局は、宗教の名を借りた輩だったという事だな。村長さんよ!」  わなわなと体を震わせ、ソンチョの顔に血の気が が宿る。 「ぐぬぬ……穏便に終わらせてやろうと思ったが、どうやら駄目なようだな! 仕方ない!」  ソンチョが指をパチンと鳴らすと――村民達が一斉に応接間に入って来る。 「ガハハ……このまま、タダで帰れると思うなよ! お前達のこの金は、俺が大切に使ってやるからな!!」  ソンチョは懐から茶封筒を取り出し、ミオナ達に見せつける。  あーっ!! 私のお金! と、叫ぶミオナをよそに……私達の、ですよー……と、リリーベルがしれっと突っ込みを入れる。  一方、村民達は勢いよく入ってきたは良いものの、ミオナ達を見るなりぎょっと驚いた。  ソンチョが数で押せば何とかなると思って呼んだ村民達が、誰一人立ち向かおうとはしない。  それもその筈。さっき揚陸艦の上でミオナ達に痛い目にあった面々で、この蛇に睨まれた蛙状態。勝算が無いのにも関わらず、もう一度戦おうとは誰も思っていなかった。  これを見たソンチョは、横に立っていたエリとジョシュに慌ててけしかける。 「ええい! この役立たずめが!!……仕方ない。お前達が相手をしてやれ!」 「えっ!? でも、話し合いだけじゃぁ――」 「お前らには、高い給料を払ってやってるんだ! こういう時くらい、しっかり働け!!」    ソンチョに言われ、エリとジョシュは渋々武器を取り出す。  エリは変わった形をした短刀で、ジョシュはナイフを二刀流のように持つ。 「あなた達に恨みはないけど……これも、仕事なんでね」  構えを見るなり、この二人は結構な手練れだということは想像に固くはなかった。 「先輩!」 「……ま、そうなるわね」 「落ち着いてる場合か! どうするんだ!?」  仕方ないなぁ……と、ミオナは、腰にぶら下げていた短刀を取り出し身構える。その姿を見たミュゼットもメリケンサックを装着し臨戦態勢に。  そんな中、リリーベルは腰に携帯していたヌンチャクを取り出し、ブンブンと振り回し身構えた。 「あれ?……リリーちゃん、ヌンチャクなの?」 「この間買った魔法用の触媒を試したいんで、この武器のほうが相性が良いんですよ。付き合ってもらってもいいですか?」 「……いいけど、何すんのさ?」 「こういう時用の便利なモノですよ。上手くいったら、すぐ終わりますから」  リリーベルはブツブツとささやきながら、空いた方の手をポーチに忍ばせ、ゴソゴソと弄った後、小さな砂時計を取り出した。  その姿を見た村民から……あ、アイツ、また不思議なモノを使うぞ!! との声が上がる。その声を受け、周りの村民達が一斉に阿鼻叫喚しながらミオナ達から顔を背ける。  えっ!? 何!? どうした!? と、動揺を晒すソンチョをよそに、リリーベルが囁きを終えると、リリーベルの足元に魔法陣が現れた。 「では、行きます!」  リリーベルが叫び首飾りに触れた途端、ポゥっと手が鈍く光り、その光が彼女の持つヌンチャク全体に伝わってゆく。 「弾ぜろ!! 砂時計!!」  リリーベルは手に持っていた砂時計を軽くポンと放り投げた後、ヌンチャクを振り回し砂時計に叩きつけた。すると――砂時計はパン! と粉々に砕け散り、ぐるぐるとミオナ達の視界が不気味に歪む。  こ、これは……と困惑するミオナにリリーベルの声が響く。 「先輩! 今です!!」  リリーベルの声に反応するように、ミオナは眼前の敵めがけて駆け出した。  この動きに反応し、間合いを詰め、手にした武器をそれぞれ振り降ろすエリとジョシュ。だが、明らかに動きが遅い。  ミオナは軽い身のこなしで、エリとジョシュの武器を弾き飛ばした。 「クッ――」 「コイツ!……」  どうやら……コレが、リリーベルの試したかった事。魔法の効果により、相手の持つ時間を遅らせる効果があるようだった。  周りの世界がスローに見える。 「コレなら、いける!!」  この姿を目の当たりにしたソンチョは、わっ! マズい……とゆっくりと慌てている様子。  驚いて、尻餅をついた刹那――ミオナは踵を返し、ソンチョの目の前まで詰め寄っていた。 「もらったぁ!!」  ミオナは短剣を振り下ろした。  鮮やかな斬撃の軌道は、ソンチョの髭の端の一部を奇麗に切り落とした。 「……勝負、あったな!」  ミュゼットが身構えるのを止めた瞬間に、村民達は……わーっ!! と部屋から一斉に逃げ出して行った。  エリとジョシュも観念したようで、武器を拾う事もなく、その場に座り込んでしまった。 「じゃあ、そろそろ返してもらいましょうか! 私達の大切なお金を!!」  ソンチョは気圧されたか、観念したようにうなだれた。  そうして……この騒動は無事解決したのであった。  その後、ミオナ達は無事売上金を回収し特別学区への帰路についた。  今回の騒動の張本人・ソンチョは、麦の穂の国のあちこちで街を荒らす強盗犯だったようで、指名手配をされていたようだった。  逃げる過程で、この村に身を潜めて暮らしていたようで、いつか麦の穂の国に戻る機会を伺っていたそう。海賊行為も、彼の指示によるものだったのも、後で村人にヒアリングをしていった事で判明した。  そんな男を、揚陸艦の艦長のミュゼットは麦の穂の国に引き渡しをするとかで、ミオナ達を送っていった後、麦の穂の国へ戻って行った。  取り敢えず、村は平和を取り戻した。が、以前のような貧しい生活は避けられないにしても、また第二、第三のならず者が村に身を寄せるかもしれない。また、悪事に身を染める事に怯えながら暮らしていかなければならないのかと、残された村人達は漠然とした不安を思案するのであった……。 (第十三話・完)
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