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第十四話 いのち生まれる山 (1)
ミオナとリリーベルが無事、特別学区に帰還を果たしたその頃――ユアンとニケは、龍隣人のリュウゲツの案内で『始祖の山』と呼ばれる火山に向かっていた。
先日、黒ずくめの男との戦いにて紛失した、父の形見の錬成銀の短剣を修復をしてもらう為に、龍隣人の集落に向かっている。
リュウゲツの話によると……錬成銀の武器は、それぞれ個々人に合わせたオーダーメイド。一般的に、魔力の適正を持たない人間には全く扱えない代物ではあるが、魔力を保持する事により扱える場合もあるという。が、武器にも好き嫌いがあるらしく、その人間との相性の合わない場合には、その力を一切使わせない意地悪な面もあるとかないとか。それでも、しつこく使うことにより、武器にストレスが掛かり、最後には粉々になって灰と化すということがあるのだそう。
おそらく、粉々になったのはそれだな。やっぱり、無理をさせたのが原因だったか……と、今更ながら反省するユアン。トホホ……と頭を垂れる。
「あーあ、そうなるんだったら、もっと大切に使えば……でも、そうしてると、今頃どうなっていたか……」
祖父の下から出立する際に、護身用にと託された父の形見を何とか元に戻そうと思っていたが、リュウゲツの話を聞けば聞くほど、コレ本当に治るのかな? とユアンは少し不安になってきた。
祖父からは、借りたものはちゃんと返しなさいと再三再四注意を受けた事により、実家に帰るまでには直してもらわないと何かと困る。今度帰る時までに直せるか……考えれば考えるほど、頭が重い。
「さあ、そろそろですぞ!」
リュウゲツが指差す先には、始祖の山と呼ばれる火山が遠くに見える。
現在ユアン達がいる始祖の山に向かう高原は、森林限界を迎える標高ではないものの、燃えるような真っ赤な溶岩を吹き出す山肌、厳しい世界を覆い隠すような灰色のガスを纏ったその佇まいは、ある意味高貴さすら感じる。
「え!?……あれに登るのかニャ?」
「そんな事言うけどさ、ニケ。ここに来るまで、ずっと俺の背中に乗ってるだけじゃないか」
「みんなのアイドル、魔法も使えるキュートなネコちゃんは、お箸より重い物は持たない主義なんだニャ!!……だからそこは、ご勘弁くださいなんだニャ」
まあ、猫のニケを荷物持ちとしては何も期待していなかったので腹が立つ事もない。むしろ、この険しい道程で、話し相手が居てくれたほうが精神衛生上ありがたい。
無口なリュウゲツを含め、3人(?)でハイキングをする事になった手前、楽しさとは無縁の世界が待っていたのは想像に固くはなかったので、ユアンにとっては少し助かっていた。
「……少し、休まれますか?」
「いや、このまま行きましょう。とにかく、今は一刻も早く、コレを直したいので」
取り出した、灰が入ってる小瓶を眺め、ふぅ……と一息ついた後、ユアンは、リュウゲツとニケを伴い、始祖の山へと歩みを進めていったのであった。
「あれ? まだ、戻ってないのか?」
黄昏時を迎えようと、特別学区に夜の帳が差し込み始めた頃――オニツカがマシンワークスの工房に、サランサランを迎えに来た。
中では、ソファに座って談笑するイーデルアイギスとサランサランの姿が。戻ってると思われたミオナやリリーベルの姿が何処にも無かった。
先輩は? とオニツカが問うと、サランサランから……さっき、二人揃って管理局に行ったよとの事。どうやら、今回の依頼の報告と今月の出納報告に行ったようだった。
「もう、そんな時間?」
サランサランが、工房の時計に目をやると……もう工房の終了時間。どうやら、イーデルアイギスと一緒にいる内に、時間を忘れて話し込んでいたようだった。
サランサランとオニツカは、ユアン達が所属する工業系サークルが点在する工業地区の隣の農業地区にある『畜産工房・アグリフォーム』に所属する学生。何かと困った時には、お互いに人を融通し合う仲でユアン達との付き合いも長い。
特にユアンとオニツカは、入学直後から意気投合し、暇さえあればお互いに顔を見せに来る程仲が良い。
「で、イーデルはどうすんの? 先輩達が帰ってくるまで待ってる?」
サランサランの問いに、うーん……と困り顔で首を捻るイーデルアイギス。
このまま帰ってもいいのだが、何か物足りない。
折角、早起きしてお手製のクッキーを焼いて持って来たのにも関わらず、いざ工房に来たら誰もいない。普段から顔を合わせる機会の多いリリーベルはともかくとして、この工房が無いと、殆ど顔を合わせる機会が無いユアンの顔が見れないなんて、寂しいやら悲しいやら……と、思案を巡らせていると、サランサランとオニツカがニヤニヤ。
「……やっぱり、ユアンの事、気になっちゃう?」
えっ!? と、普段出さないような甲高い声を上げ、イーデルアイギスは動揺する。
ななな……何で、私の様な高貴なニトラアインの生まれの者が、何で塵にもならない一介のコモンの男なんぞに……と、長い耳の先まで真っ赤になりながら虚勢を張る姿を見て、サランサランとオニツカはクスクスと笑う。
その姿に気付いたイーデルアイギスは、少しムッとして頬をぷくっと膨らます。
「……何が、そんなに可笑しいのです?」
「あ、いや……何か、可愛らしいなぁと思って」
「可愛らしい? 私が?」
「だって……イーデルって、私達とは普通に喋れるのに、ユアンと話す時だけ、あからさまにテンションが違うんだもの。しかも、普段言わないような事まで言っちゃうし」
「だって……それは、彼がコモンだから――」
「この間、ウチのサークルのコモンの奴と普通に喋ってたじゃないか。それは違うのかい?」
そ、それは……その……と、オニツカの問い掛けにイーデルアイギスは赤面し口籠ってしまった。
下を向き、イジイジと縮こまる姿を見て、まあ、ユアンに危害を加えたい訳ではなさそうなので良いんだけどね……と、サランサランは続ける。
「ま、それはそうとして、気になっちゃうんだったら、早めにアプローチしなさいね。彼、あー見えて結構モテるから」
今度は一転、イーデルアイギスは、そんな事、言われなくても分かってますわ! と言わんばかりに憮然とした面持ちを見せた。
その姿を見たサランサランとオニツカは、青春してるなぁ……と、少し羨ましく思うのであった。
一旦火山に登って、少しクネクネとした溶岩で出来た道なき道を暑さに耐えながら進んでいった先に、龍隣人の集落『赤色地獄の門扉』がある。
長い道程を得てユアン達は、ようやくリュウゲツ達・龍隣人が住む集落に到着した。
集落は、火山の一部を切り開いて作られたドーム状のスペースが広がる。そこに、溶岩を加工して組み上げられた家のようなものがあちこちに散見。
集落の真ん中を、溶岩の川がゆっくりと赤々と鈍い光を放ちながら流れてゆく為か、中は思った以上に暗くはなかった。
「中は、思った程暑くはないんですね」
「ただでさえ、過酷な環境に身を置いていますからね。ある程度は人が住めるようにしとかないと……」
リュウゲツのこのセリフには、長い年月を費やし、火山の中をここまで開拓した龍隣人達の矜持をひしひしと感じる。
「この程良いぽかぽか感。程よく香る温泉ぽい匂い……何だかウトウトしちゃいそうだニャ~」
背中のニケがおネムの準備をし始めると、ユアン達一行の前に、おーい! と声を掛ける人物が。これにリュウゲツは、兄さん! と嬉しそうに駆け寄っていく。
二人は、しばらく楽しそうに話をしていると、リュウゲツの兄は、ふとユアン達の存在に気付いた。
ユアンは、何を話そうか?……えーっと……とまごついていると、リュウゲツが思い出したように話を切り出した。
「あ、申し遅れました。こちらが、私の兄のリュウエン。錬成銀等の特殊な金属を加工する職人です」
どうも、とリュウエンはユアンに会釈をした。
とは言うものの……外見上、二人は同じ様な見た目のせいか二人の見分けがつかない。
「んっ!? どっちがどっちだニャ?」
「双子? なんですか?」
この不躾な質問に、リュウエンはそうですが……と、よそよそしく答えた。
どうやら、この手の質問は普段から受け慣れているせいか、あまり困ったような様子は伺えない。
その時、ふと何かに気付いたリュウゲツは。
「……アンタ、ひょっとしてコモンか?」
この質問に、そうですと素直に答えるユアン。
それを聞いたリュウエンはため息をひとつ。
ユアン達は、明らかに歓迎されなくなったこの雰囲気に、一抹の不安を覚えていたのであった。
※ ※ ※
ユアン達は、訝しむリュウエンを伴い場所をリュウゲツの家に変えた。
リュウゲツの話によると……この『赤色地獄の門扉』は、龍隣人と呼ばれる職人集団が作った集落で、主に、魔力が宿った特殊な金属の加工を生業としている。
その独特で秘匿性の高い技術力は、時折、時の為政者達に目をつけられる事もあり、度々集落壊滅の危機を目の当たりにしていた。
そんな事もあってか、この集落に住む龍隣人は、他の地域に住まう種族の人間を好まない。特に、度々辛酸を舐めさせられたコモンに対しては嫌悪に近い感情を持ち合わせている。
先だっての騒乱についても、集落壊滅の一歩手前まで追い込まれた職人達もまだ健在という事情もあって、なかなか話が進まなそうな雰囲気がある。
「……で、話って何だ?」
ぶっきらぼうに話を切り出すリュウエン。
実は……と、ユアンは懐から小瓶をそっと取り出した。
中には、キラキラとした銀色の粉塵が僅かな光を宿しながら佇んでいる。
「コレを、元の姿に戻して頂きたいんです!」
これを見たリュウエンは目の色が変わる。
コレは確かに錬成銀の得物の残骸、命尽きた時に残す最期の姿。だが、何故に魔法すら満足に扱えないコモンがコレを持てたのか? 本来なら、持ち主以外には手に触れる事すら出来ない筈なのに……と、リュウエンは困惑する。
それを察したリュウゲツは、ユアンに手に出来た紋章をリュウエンに見せるように促した。
紋章を見た途端、リュウエンの表情は憑き物が取れたように穏やかさを取り戻した。
「なるほど、そういう事だったのか……」
弟からの突然の連絡といい、錬成銀の得物の事といい、突然現れたコモンの青年が、錬成銀の得物を持つことを許された認証者の紋章を携えている事といい、リュウエンの中で、今まで関連性が無いように思えた事柄が一本の線に繋がった。
納得のいったリュウエンに、リュウゲツが、それで……直せそうですか? とお伺いをたてた所、リュウエンは首を横に振った。
「残念だが、今現在の段階でコレを元の姿に戻す事は俺には出来ない」
本来、錬成銀の得物は、持ち主と職人。そしてそれ相応の素材があって初めて錬成が可能となる。
持ち主と得物のペアリングが一度成立してしまうと、いかなる事情であろうとも持ち主以外には使用する事すら出来なくなる仕様になっている。
得物は、一度死んでしまうと二度とは生き返らなくはなるが、刃が欠けたり等の修理に関しては可能だそう。
「だが修理をするには、復元する為の材料、持ち主、新たなる素材が必要だ。ちゃんとした修理となるのなら、それ相応の時間と手間も掛かる」
「だけど……それは、もう出来ないんだよなぁ……親父は、もういないし」
ユアンのぼやきに、リュウゲツ兄弟は、はて? と、お互いの顔を見合う。
「ユアンとか言ったか? お前の父親は、最近まで生きていたのか?」
「いや、俺が12になる前くらいに、爺ちゃんから亡くなったって聞いたから……5年くらい前ですかね?」
「いや!……それは、おかしい」
「えっ!? それは、どういう事だニャ?」
「錬成銀の得物は、灰になって命脈が尽きるか、持ち主が死なない限り形だけは残る。つまり……この得物が現存していた時までは、少なくとも持ち主は生きているはずだ!」
「つまりは――」
「お前の父親は、まだ生きている可能性があるって事だ!!」
(第十四話・つづく)
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