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5月
男が男に犯されているところを初めて見た。
それは大学の校舎の一角で、先生を尋ねた先で。
薄く開きかけていたドアの向こうから微かに聞こえた声に導かれるように、俺はそのドアを開けてしまった。
イーゼルが重なる雑多な部屋。
描きかけだったり、古い作品だったり、キャンバスが散らかる部屋。
乾ききってない油の匂い。
使い古された筆と絵の具。
窓から吹き込む風に淡いベージュのカーテンが揺れていた。
そんな見慣れた教室に見慣れた男と見慣れない男がいた。
一人は白髪交じりの髪をした細身の中年男性、アカシヤ先生で、もう一人は若い男だ。下半身だけを露出したアカシヤ先生とは違い、若い男は素っ裸だった。白い肌に淡い金髪の若い男は机に腰かけ足を大きく開いている。
その足を持ち上げ、アカシヤ先生は向かい合うようにして腰を振っていた。アカシヤ先生に揺さぶられながら、若い男は微かな声を漏らす。その表情に苦痛の色はなかった。
俺は動けなかった。
まさかこんな光景を目にするなんて思うわけがない。
これは、現実か? 実は俺が見てる夢なんじゃないか?
ぼんやり頭の片隅で思う。
でも、夢にしてはやけに生々しい。
ネチネチいう、粘膜の触れ合う音まで聞こえてきて、急に恥ずかしくなってきた。
帰ろう。
ようやく足に意識が向く。
そっと抜け出せばバレずにすむだろう。
慎重に一歩、後ずさった。
その瞬間、目があった。
若い男の目が、こっちに向いた。
それはほんの一瞬のこと。
やばっ。
俺は一気に駆け出した。足音がどうとか、気配がどうとか、考えもせずに全速力で廊下を駆けた。
やばいやばいやばいやばい。
「やばいって、あんなの」
階段を飛ぶように駆け下りて、人通りを見つけるとほっとした。息があがっていて苦しい。まだ心臓がばくばくいってる。立ち止まって呼吸を整え、見上げた校舎の片隅に目をやる。外から見ればただの教室だ。
だけど、今、あの場所では……。
俺は両手で自分の黒髪をわしゃわしゃかき混ぜた。
「あんなこと、マジで、あるんだ……」
信じられなかった。今になって見てもやはり現実味が薄い。
「都会って、恐い……」
その日は大学にいる気になれず、俺はヨロヨロとその場を後にした。
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