雨宿り

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ef71399c-3485-472f-b6a6-e1f75e61d6e6雨宿り(改)                                         制作:kaze to kumo club  突然、降り出した……やまない雨に合い、 矢崎新、17歳は黒い鞄を頭に掲げて、 街中を走っていた。    土砂降りの大雨は、容赦なく彼を襲う。 「いや~、まいったなあ~。ひでぇー雨」 「こっちよ。矢崎君!」 「へっ……?」  驚く間もなく、新は閉められていた花屋の 軒下に引き寄せられていた。  誰かの……柔らかな手によって……。 ‐誰……?‐  目と目が合う若い二人。新は目を見張る。 そこには……長い黒髪をかすかに濡らした少女が立っていた。  昔懐かしい白いセーラー服に身を固め、きゃしゃな身体を 隠すみたいな香りは……不思議な感覚を……新に与える。  微笑む顔が愛らしく、見たこともない程の美少女だったのだ。  普段の自分なら、こんな女の子と会話する事自体、 恥ずかしくて、一歩は退いてしまう彼だったが……なぜか……その子の深淵な瞳に引き込まれるように……新は見入ってしまっていた。 「あっ、ありがとう……。君は……?」  何も言わず、微笑み続けている彼女に、はにかみながら、新は飛び跳ねそうな心臓の鼓動を何とか押さえて言った。 「私は……田中夢美。隣のクラスの……」と笑う美少女。 「あっ、ああ~そうか! ぼっ、僕は……矢崎新。3組の……」 「知ってるわ。君の事。前から……ねえ」  はて?……と新は思った。記憶にはなかったからだ。  ‐隣の2組にこんな美人……いたっけ……??‐  自分の知る仲間たちの中にはいない気がした。  だが、そんなことはどうでもいい。万に一つの大チャンスなのだ。ここで畳かけるように語りかけて友達になれば、アドレスゲットも夢ではないぞ!  彼はにやける。  矢崎新はいつになく、鼻息を荒くしていたのである。  軽く濡れた黒髪が流れるように……白いうなじに落ちて行く。瞳も輝く黒で、右手で髪をかき上げるしぐさが……悩ましい。  半開きの切ない目線が彼女の足元に移動し、激しく降る雨のしずくが激流みたいに流れるのを眺めていた。    新は必死に話題と言葉を脳裏の中で探していたが、何も浮かばなかった。それどころか、どんどん心臓の鼓動が激しくなり、緊張してくるではないか?  困り果てた彼は、いまさらながらに頭を傾げて顔を伏せている少女の横顔をチラ見しつつも……考え込んでしまう。  -マジで……いたか? こんな子……? 見た事ねえよなあ~?- 内心、彼は分からなくなり、不思議少女の顔を今一度、再確認しようと……のぞき込む。  シトシトとなり始めていた夏雨の中。花屋の店先にずぶ濡れになり、棒立ちとなったまま、彼女をのぞき見る新の姿は……どこか滑稽に見えた。 「はい、頭をふいて。風邪を引くわよ」 「……えっ、はい……」  恥ずかしそうに差し出された白い花柄のハンカチが、新には高価な宝物のようにも思えた。何よりも少女の頬が赤く染まっている事に……新は驚いていた。  彼女からのプレゼントをその手にしようとした時、新は思わず固まった。あまりにハンカチが綺麗すぎて、悪い気がしたからだ。  一度取りかけた手のひらを濡れた頭にもって行き、バツがわるそうに苦笑いする新がつぶやいた。 「いっ、いいよ、それ……。汚れちゃうし……さあ!」 「いいのよ、気にしないで。あなたにあげるから……」  再びさみしげな表情から笑いかけてくれる乙女に逆らう事はできそうになかった。なぜなら、今度はまっすぐ正面を向き、真っ赤な顔をして両手で差し出された白きハンカチを誰がむげにできるだろうか? 「あっ、ありがとう。じゃあ……」 「…………」  真剣極まりない瞳で直視された間抜け顔の新は、無言でそれを受け取ろうとした瞬間、彼女の白く長い指にわずかに……新の右手が触れた。冷たい。新はささやく。 「君の方こそ、寒くないのかい? そんなに震えて……? なんなら……これで……濡れてる背中でも……ふこうか?」 「えっ……?」  不意に……はにかみ、赤くなる少女。新はマジッたと直感する。 「あっ、ごめん……。僕は……ただ……」  言葉に詰まり、同様に赤面する自分を感じる。慌てて、もらったハンカチで……せめて汚すまいと……ほてった自分の頬を拭うだけだった。 ‐何、言ってんだ? 俺は……?-    見ると……彼女の白い制服が濡れた雨のせいで透けており、なんとなーく……セクシーな後ろ姿になっている事に……新は……気が付かなかったのだ。  バツの悪い空気が流れる。何か言わなくては……と必死になる男心を遮るようにあわく湿ったピンク色の唇が……やさしく言う。 「私は大丈夫。それより聞いてください!」 「へっ?」と……間の抜けた返事をしてしまう新。  乙女は決意したように早口になる。 「クラスメイトの橋田ゆりさんは……あなが好きです。それから……文芸部の先輩の山崎秋子さんも……あなたを想っています。どちらにせよ、あなたは幸せになれます。頑張ってください!」 「はあ??」  一気に胸のつかえを跳ねのけるかのように、田中夢美は力強く叫んでいた。 「…………」  無言の彼女はうつむく。 「どう言う事、それ? 君、頼まれたの? その二人に……告白を……?」 「いえ、違います。私はただ……あなたに幸せになって欲しいです。だって…… 私も好きだから! ずっーと……前から……!」 「えっ…………?」  突如、嵐みたいに激しい豪雨になる空音。もう暗くなった街並みがネオンのように輝き、 二人の影がシルエット化して……過ぎ去る梅雨の夕暮れを……薄い闇に包み込んだ。  思わぬ連続告白に、新の脳裏はパニックを起こしていた。  無理もない。生まれてこの方告白などと言う、甘いイベントには縁のない自分だったからだ。まして、こんなに近くで……泣きそうな……潤んだ瞳まで向けられているのだ。動揺しない高校生が……いるだろうか??  真剣な眼差しで見つめ続ける乙女には、微塵の嘘も存在しない様子だった。けれど、新には解らなかった。この美しすぎる女の子が、何を求めて、こんな事を突然、言い出しているのか……?  なぜだ! なぜなんだ……と頭の中で言葉を繰り返すばかりで……正直、見当もつかない始末だったのである。  本当に……情けない事だが……?? 「………………」  無言のまま、立ち尽くす矢崎新の瞳は……ただただ……顔を赤らめて……下を向いている……まか不思議な少女の……小刻みに震える肩を見つめていた。  血がでるほど強く握られた両手のこぶしが……何を意味しており、何を語ろうとしているのか……さえ……愚かなる若き少年には……解るはずもなかった。  グッと唇を噛みしめて、睨みつけるみたいに夢美は口を開いた。 「雨は時期に止みますから……。愛しています、新さん! ありがとうございました! あなたの事……これからも……見守っています。さようなら……」 「えっ……」  振り切るように、雨の中を駆け出す少女は一瞬、その目から大粒の涙を流している事に、さしもの新も気づいく。  反射的に彼もまた、やまない雨へと飛び込み、走り去る乙女の揺れる黒髪を追った。どんな理由にせよ、か弱き女の子を泣かせてしまった罪深き自分を恥じると同時に、腹が立つほど許せなかった。無神経すぎた己に対して……も……。    ともかく、わびたかった。何をどう言えばいいかは……もちろん分からないが……だだ、 そうする他ない事ぐらいは……理解している矢崎新だったのである。  だが、異様に足の速い彼女に……追いつけない彼は焦った。見る見る後ろ姿が見えなくなりそうだのだ。新は走りながら、大声でせ叫ぶ。 「待ってくれ! 田中さん! まだ話は終わっていない!」 「…………」  わずかに振り向いたように見えた不思議少女。けど、止りはしない。 新は少しだけ、いら立ってくる。自分のふがいなさを感じて……。  道の角を曲がろうとする彼女が、哀しげに微笑み……別れを告げるのが……なぜか、 追う新にも伝わった。それは……ひどく切なく……ほんの数秒の……挨拶に思えた。  彼の若い心臓が高鳴る。  訳もなく悲しい。辛い想いがこみあげてくる。なんだか……分からない?   猛烈に辛くなる。真の足が加速されて、溜まった水たまりをはじく。  彼女が曲がった角に、やっと着いた新の視界に……誰もいない……公園前の交差点が……飛び込んで来た。  その瞬間、新はハッする。  見覚えのある……その場所に……彼は……立ち……おもむろに……気が付いたのであった。そして……すべてを悟る事ができた。  消えた少女の想いを……唐突に……理解したのだ。  激しい雨がふり注ぐ。  新の目から涙が流れているが……荒い雨のせいで……まるでわからない。胸に突き上げてくる……辛い過去の記憶。少年の濡れた黒き学ラン姿が……自宅へと急ぐ。奥歯を噛みしめる新の表情は……苦痛にゆがんでいる。 「なんで……気が付かなったんだ……。俺は……?」  その日の雨は、夢美が言ったように……もう……晴れようとしていた。  家に着くなり、矢崎新は……狭い庭先に向かい、荒ぶる息を整えながら……隠されるみたいに……端っこたたずむ……粗末な小石の墓標を……見つめていた。 「ごめん、夢。お前なんだろ……? あの女の子は……?」  その墓は1年前、意識を失った彼が愛していた子猫……夢のものだった。 あの角の交差点で、夢を抱いて散歩をしていた新は……突然、降り出した雨をよけるために……閉店していた花屋の軒下に避難した。  が……その時、雷に驚いた夢が……路上に飛び出してしまう。  あぶない……と……助けようとした彼もろとも……通りがかった大型ダンプに……引かれてしまったのだ。  夢はタイヤにつぶされ……新は……意識不明の重体となり……今も……総合病院の病室で……深い眠りについたままだった。  やまない雨は終わっていた。 夕暮れの淡い日の光が……死んだ夢の墓を照らす。  両手を合わし、新は墓の前で泣いた。夢がメス猫であった事も……すっかり忘れていた自分を心から悔やみ……彼女に気持ちを考えた。手を合わせた新が語る。 「ありがとう、夢。今度は忘れないよ、君を……。決して……ね。僕を起こしに来てくれたんだよね……? きっと……。愛してるよ、夢! じゃー、行くね!」  矢崎新の姿が消える。  そして、生命維持装置につながれていた……霊でない……矢崎新が……その日……目覚めたのである。  新たなる……人生を……歩むために……?? 完
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