生徒会新聞を作るぞ

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生徒会新聞を作るぞ

「少年よ、大志を抱いているか」 デスクに肘をついて指を組み、真剣な顔で何かを考えていた三笠さんが唐突にそう言った。 「そうですね、駅前の激辛ラーメンに挑戦しようかなと思ってます」 黙々とキーボードを叩きながら深く考えずに答える。制作中の「生徒会だより」である。委員会の活動報告や風紀の注意を促すために、毎月一枚生徒会から全校生徒へ配っているのだ。ワードソフトを使ってデータを作りそれを先生に提出するのだが、やり方を教えてくれた三笠さんがキーボードを指一本で叩く姿を見て、「生徒会だより」の一切の権限を僕に譲ってもらった。 「素晴らしいじゃないか! 少年、私はな、日々、つまらない人生を過ごしてきた」 語りだしたぞ、この人。 「夢も希望もなく、ましてや大志を抱くことなんて夢のまた夢……」 ミュージカルの主人公にでもなったかのように、大袈裟に身振り手振りを付けて語りだす。生徒会室のピンク色のカーテンが太陽の光を透かして、スポットライト風のいい演出が生まれている。 そうですか、へえ、と適当に返事をしながら、ワードとにらめっこを続けた。 「私は今朝、生まれて初めて新聞を読んで心が震えた! 世の中にはこんなにも夢をみて、熱く生きている人がいるのかと感動させられたっ」 なるほど、おおかた今日の一面を飾ったサッカーワールドカップの記事だろう。 「今まで読んでこなかったんですか? 高校入試は時事問題もでますよ」 「その話はやめなさい」 額を押さえ俯いた三笠さんは僕を制すように反対の手をあげた。僕よりもひとつ年上の三笠さんは今年が受験生だ。 「とにかく、新聞はときに人を感動させる。そして、そのように人々を感動させたいという大志を抱いた!」 それで冒頭のクラーク博士か。 「生徒会だよりを生徒会新聞にしようじゃないか!」 「はあ、そうですか。書き換えときますね」 パソコンのカーソルを「生徒会だより」のケツに合わせてバックスペースを叩く。代わりに「生徒会新聞」と記入すると、三笠さんは僕の掌からマウスをひょいと奪い躊躇なく右端のバツ、つづけて電源ボタンをクリックする。 「あーっ、何やってんですか会長!」 「私は生徒会新聞を作りたいんだ少年!」 「だからって消すこたないでしょう!」 「だまらっしゃい!」 横暴だ! と声を張り上げる。 「 “男に振り回されるな、振り回す女になれ“」 逆な、それ! ドラマ『タイガー&ドラゴン』に登場する虎児の名セリフだ。素早く突っ込むと、分かっていてそう言ったらしく「てへ」と可愛い子ぶって小首を傾げた。 三笠さんはドラマの名セリフを引っ張ってくるのが好きだ。しかし毎回チョイスするネタが古い。それを理解できる僕も僕だけれど。 三笠さんはパソコンの電源を入れようとしているがやり方が分からないようで「ふむふむ、ほう? そうきたか」などと独り言ちる。 パソコン相手に何やってんだ。 深い溜息を吐いて場所を代わるように伝える。三笠さんは嬉々と席をずれた。パソコンを起ち上げながら「新聞って、いったい何をするんですか」と尋ねる。三笠さんはふふんと鼻を鳴らして胸を張った。 「新聞なんだからもちろん、スクープ・不正・事件だろ」 物騒だなおい。 「と言うのは冗談で、生徒からの悩みや学校行事で活躍した人のインタビュー記事を載せようと思う」 くるりと振り返って三笠さんを見上げた。 「生徒からの悩みって、どうやって集めるんですか?」 「これだ!」 テッテレー、と効果音を付けた三笠さんは机の下から何かを取り出した。埃を舞い上げるそれに顔を顰める。 「めーやーすーばーこー」 某猫型ロボットの調子でそう言う。砂埃をかぶったそれは、よく家の壁に取り付けられている郵便箱だった。随分前から学校で使っていたが壊れてしまい、生徒会に譲られてきたものだとか。粗大ごみを押し付けられたの間違いだろう。 「生徒会で目安箱を設置して、悩みごとを募集する。それを生徒会新聞で回答するっていうのはどうだ!」 「告知は?」 「今度の生徒集会で、生徒会挨拶の時に発表すれば問題ない」 溜息を吐きながらほぼ投げやりで「分かりました」と返す。 「井上先生には僕から伝えます。締日も少しだけ伸ばしてもらえるように掛け合ってみます。あと、行事の記事を書くなら写真も載せますよね? 使用許可と選別もやっときますから」 早速生徒会顧問の井上先生の所へ向かおうと腰を浮かせる。すると背中のシャツをくいっと引っ張られる感覚がして振り返った。三笠さんは上目遣い気味に僕を見上げて頬を染めた。 「ありがとう。頼もしいね、土井くんって」 身体中の血がカッと熱くなって一瞬息が止まった。ばくばくと心臓が大きく波打つ。 普段の横暴さやおかしな言動で忘れていたが、三笠さんは結構可愛い女子の部類に属している。それこそ口を閉じて黙っていれば周りからちやほやされるくらいのレベルだ。 くそ、不覚にも不意打ちを喰らった。 「よし、少年! スクープをとるぞ!」 石のように固まったままの僕に飛びつくと、三笠さんは勢いよく走り出した。 「な、なんだこれっ」 ホームルームで配られたばかりの「生徒会新聞」を片手に、思わずそう悲鳴をあげた。そんな僕に、クラスメイトは爆発するようにげげらげらと笑い出す。 「よっ、恋する土井さんっ!」 そんな声まで上がってクラスメイトたちのテンションが上がる。茫然と新聞を見下ろし、やがて手元がわなわなと震えた。 「会長っ!」 放課後、勢いよく生徒会室のドアを開けると、三笠さんはゆったりと椅子にもたれながら紙パックのジュースを飲んでいた。 僕の顔を見るなり、「やあ、恋する少年」とひらひら手を振る。 「なんですかこの新聞! 僕こんな企画をするなんて一言も聞いてませんでしたが!?」 「言ったら怒って棄却しただろう。私のクラスでは好評だったぞ」 はは、と笑った三笠さんに頭を抱えた。 三笠さんが担当した『驚愕! 先生スクープ24時』と、僕が担当した『学校行事ハイライト』の他に、『教えて★恋する土井さんっ!』というコーナーが設けられていたのだ。 そこでやっと、「生徒会だより」の制作をあれほど面倒がっていた三笠さんが「自分も手伝う」と申し出た理由に繋がった。お互いに書いた記事を合体させる作業も、提出前の最終確認も、かたくなに僕にやらせなかったのはそう言う訳だったのか。 あの時、珍しく張り切っているんだなあ、なんて楽観視していた僕をひざ詰めで説教したい。そう言えば、記事を執筆していた時もいろいろと違和感があったのだ。 もう一度『教えて★恋する土井さんっ!』のコーナーに目を通す。 ────土井さんこんにちは、私はバナナ丸ちゃんと言います。私には同級生の幼馴染がいます。一年前から片思い中です。告白したいけど、もしフラれて今までの関係が壊れるようなことになったら……と考えると勇気が出ません。土井さんならどう思いますか? PN:バナナ丸ちゃん この話題に心当たりがあった。あれは確か、放課後の生徒会室で記事を書きながら談笑している時だった。 『なあ、少年。もし幼馴染から告白されたら、どう思う?』 珍しい話題を振って来たな、と思いつつ僕はいたって真面目に返答をした記憶がある。 『単純ですけど、幼馴染のことが好きなら当然付き合いますし、もしそう言う目で見ていなかったら断ります』 『それで幼馴染の関係が壊れたりしないのか?』 『壊れるでしょうね』 『そこんとこ詳しく!』 『……だって、相手は関係が壊れる覚悟で告白したわけでしょう? その覚悟に敬意を払わないといけないと思います。僕が今まで通りに接して、傷つくのは相手だから』 『ほほう、それで?』 『まあ、でもやっぱり嬉しいと思います。好きになってくれたこと、勇気を振り絞って言葉にしてくれたこと。だから「ありがとう」って伝えますかね』 脳裏によみがえった真面目な会話に、身体中の熱が上がる。 いつも三笠さんの話は適当に聞き流しているのに、なぜあの時だけ真面目に答えてしまったんだ。頭を抱え込みたい衝動をぐっとこらえて溜息に消化する。 ────バナナ丸ちゃんさん、こんにちは。書記の土井です。もし僕が幼馴染から告白されたら、という仮定で話します。単純ですが、幼馴染のことが好きなら当然付き合いますし、もしそう言う目で見ていなかったら幼馴染との関係が壊れるとしても、誠意をもってお断りします。なぜならば、勇気を振り絞って一歩踏み出したこと、言葉にして伝えてくれたことに僕なりの敬意を表したいからです。僕が幼馴染に今まで通り接しても、傷つくのは幼馴染だからです。 何だこれは。全校生徒が見る新聞で、意気揚々と自分の恋愛観を語っているこの男は誰だ。間違いなく僕だ。正確には三笠さんが書いた僕だが。 「会長、やってくれましたね……」 「好評につき第二弾も企画中だぞ。喜べ少年!」 「誰が喜ぶかっ」 後日、『教えて★恋する土井さんっ!』コーナー宛に、投書が殺到したのは余談である。
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