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「蜜柑さんは、どこの部活に入るんでしたっけ」
「……一応、軽音部」
「歌、好きなんですか?」
「歌も、演奏も、好きだよ」
それから数日が経った頃、私は結局、透子とともに過ごしていた。
人間というのは全く愉快なもので、透子の淡麗さに魅了された一方で、引っ込み思案な性格に興味を失せていた。人間の強さは、コミュニケーション能力の高さで決まるからだ。
透子は話しかけてきた人々と趣味が全く合わず、困り果てた結果、私という止まり木を選んだようだ。
私を選ぶことに大した意味は無い。誰かとともにいるということに意味がある。全て動物は、孤立しては生きていけないからだ。私が透子に興味を持ってともにいるということ、透子がとりあえずの安全を確保するということが、つり合っているだけなのだ。
ぼんやりと窓の外を見る透子に、私は何度目か分からない質問をする。
「アタシと一緒にいていいの?」
「え、何でですか」
「いいなら構わないけど」
「駄目、ですか?」
背が高いのは透子の方のくせに、透子はしばしば私の顔を覗き込む。可愛らしいというよりかっこいい顔が迫ると、私も返す言葉が無い。首を横に振って、否定を示す。
駄目かと聞かれれば、少しも駄目なんかじゃない。むしろ嬉しいくらいだ。こんなに美しく、見所のある人間といられることはめったに無い。私にとっては素晴らしいメリットだ。
むしろ、私には全く分からないことがある──透子にとってのメリットが、小さすぎやしないだろうか。まともに話しやしない人間紛いといることが、止まり木以上の何のメリットをもたらすというのだろうか。
私も同じように、青い空を見つめてみる。私が神様であった頃、もっと空は青かった。しかし、私がかつて人間であった頃は、空に色など無かった。透子と見る空は、ほんの少し広く、淡く見える。
透子が弁当箱を片付けた頃、私もありきたりな栄養食品を食べ終えた。食べる物は何だっていい、死ななければいいのだ。
さっそく次の話題を必死で探しているとき、予測しない方向から声がかかる。名を呼ばれた透子は、少し肩を揺らして振り向いた。
さきほどまで近くの女子生徒と大笑いして騒いでいた椎奈が、そこには立っていた。
「透子さん。部活見学、書道部に行くんだよね」
「え、はい、そうです」
「書道部って美術部の隣でしょ? 一緒に行かない? みんな運動部を回るらしくて」
「あ、いいですよ」
椎奈の少し早口な誘いに圧され、透子も即座に答えている。おろおろと視線を泳がせる透子の思いはつゆ知らず、椎奈はへらへらと笑って、良かった、人員確保だね、と口にする。
黙って椎奈と透子の方をぼーっと見つめていた私の方を見て、今度は私の名を呼んだ。私も少し驚いて椎奈を見上げる。
「良かったら、蜜柑さんも来ない?」
「……アタシ、軽音部志望だけど」
「いいべよ、今日は軽音部やってないんだべ?」
馴染みのある方言まじりで言われ、私はついつい素早く瞬いた。お、と椎奈が声を上げる。
「行きたそうな顔になった」
「いや、そういうわけじゃ」
「オッケー、三人で書道部と美術部ね。じゃ、よろしくね」
つり目をぎらりと輝かせ、椎奈は狐のような笑顔になる。きょとんとして手を振る透子と、何も言えずに椎奈の後ろ姿を追う私。そのあと、椎奈は何事も無かったかのように元の席に戻っていく。ただいまぁ、と椎奈が言えば、他の量産型が答えを返す。
「何で、わ、私たちだったんだろうね?」
透子が小さな声で問う。良い答えは見つからない──透子ならまだしも、なぜ私を誘うのか。色とりどりの派手な女子の中で、同じように色めく椎奈が、なぜ色の無い私を誘うのか、全く分からない。
私は思うままに、分からない、と答えた。話はそこで終わってしまう。そっか、と言うと、透子のターコイズも陰ってしまった。たいそうつまらない答えだったみたいだ。
透子が机を見つめるように、私も机と見つめ合う他無かった。せっかく椎奈が話題を提供してくれたのに、これでは台無しだ。なんとか話題を繋ごうと口を動かせば、チャイムの音に阻まれる。
勉強は学生の本業だ。素早くご飯を片付けて、おとなしく黒板の方に向き直る。人間らしく悩み始めてしまった頭をリセットするときが来た。分からないものが分かるようになるから、勉学というものはつくづく面白い。
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