幕間:『神崎蜜柑の邂逅』

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「椎奈さんと、どんなことを話したの」 「え?」  唐突な問に、透子はただでさえ三白眼で目立つ丸い目を、さらに丸くした。箸を止め、私をトルコ石の目でじっと見つめる。  私は食べ終わった栄養食品の袋を丸め、ゴミ箱に放り投げた。見事に入ると、透子と数人の男子が、おお、と声を上げる。 「何って……私の話?」 「たとえば、どんな?」 「えぇ……私、は何が好きか、とか」 「どう答えたんだ?」 「え……いや、お、私は、漫画とか、アニメとか好きだよ、って。そしたら、意外だね、私もだよ、って言われて、今季のアニメの話をしたりとか……」  私は無意識に何度か瞬きをしていた。透子が好きな物など、そろそろ二週間が経つが、まともに聞いたことが無い。というのも、休み時間は雑談で過ごしていて、身にならない話をするのが定例だったからだ。今回の授業についてどう思うか、最近のコンビニは置いてある物が多いとか、昼の放送の是非とか、くだらないことを大真面目に話して終わる。  透子の趣味はもちろん、私の趣味を話したことも無い。今の私の趣味など、ベースをかき鳴らすことしか無いのだが。 「他には?」 「え? いや……特には無い、です……?」 「そうか」 「どうしたの……? 椎奈さんと、何かあったんですか?」 「特には」  透子は心配そうに私の顔を覗き込む。私は透子のこういう顔に弱い。持ち前の妖艶さはどこへやら、可愛らしく乙女のような顔をする。その度に、つい返答に困ってしまう。  私は透子が目を逸らしたのを見ると、また俯いて飲み物に口をつけた。口の中に広がる贅沢なオレンジジュースを味わいながら、透子をまた見つめてみる。透子は何も言わない。 「透子さんは、どうしてアタシといるの?」 「どうして、って……友達、ですよね?」 「どうして友達に?」 「あ、もしかしていろいろ迷惑でした……?」 「違う、違う。逆だよ」 「逆?」  眉を下げてしょげる透子を見て、失敗した、と思った。与えるべき利益を間違えた。血の気が引くのを感じながら、慌てて否定する。間違えてしまった。嫌われてしまう。口は咄嗟に謝罪を述べる。 「ほら、透子さんみたいに綺麗な人が、アタシなんかといていいのかって。きっと他の女子みたいに、面白い話、できないし」 「……私、は、別にそんなもの、求めてないですよ?」 「アタシ、女子と仲良くするの、昔から、苦手だから……その、迷惑かけてないかなって」 「蜜柑さんは、『オレ』のこと、嫌ですか?」  びく、と私の肩が跳ねた。透子が真っ直ぐな目で、真摯な目で、私をじっと見つめていた。拳は机の上で握られていて、声はわずかに低い。その全てが、驚くほど美しい。  純粋に見つめられて、磔になった罪人のように感じた。殺される、と思うほど、透子を恐れた──いや、透子に見捨てられるのが、怖かった。  私は何も答えられない。何を答えても間違いになるような気がした。八方塞がりで、胸に楔を打たれておしまいなのだと思った。たった一人に嫌われるくらい、慣れているのに。 「……無理しないでくださいね。オレも女子と話すの、苦手なんです」 「む、無理なんて……」 「気を使われてるんだって、分かってますから」  透子が小さな声で言った言葉に、必死に反論を探した。気を使うなんて、当たり前だ。嫌われないで仲良くできているのなんて、奇跡でしかないからだ。生きる価値も無い私に目をつけてくれるなんて、ありえないことなのだ。何の価値を見出しているのか聞きたいくらいだ。  されど、悲しいかな、返答は思いつかなかった。これ以上何かを尋ねるのは、むしろ透子を拒絶してしまうような気がする。チャイムが鳴ったのを良いことに、私は前に向き直ってしまった。逃げてしまった。  神様になって、人間を観察してきたというのに、自分でやると少しも変わりやしない。むしろ、一人で鬱ぎ込んで、誰とも関わらなかった遥か昔のほうが上手くやれていた。ノートを見ながら、胸元で沸騰する不安と吐き気を抑え、ペンを強く握った。
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