幕間:『神崎蜜柑の邂逅』

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 誰かに知られ、愛されることは、悍ましいことだ。  たとえば、誰かが私の名前を覚えたとする。すると、私もその労力に報うためにその人間の名を覚えなくてはならない。  たとえば、誰かが私を受け入れたとする。すると、私もその労力に報うために、その人間を受け入れなければならない。  たとえば、誰かが私を愛したとする。すると、私もその労力に報うために、その人間を愛さなければならない。  しかし、私には生きる価値も好かれる価値も無い。他人が同じことを行うより、交換レートは大きく変化する。  私から生み出されるものには、価値の無い紙屑同然の紙幣しか無い。向こうが一つコーヒーを置いてくれたとして、私は必死に紙を集めて、山のような紙幣を差し出さなくてはならない。  それができなかったから、私は嫌われ続けた。人々に期待されど、私の努力では一位をとることはできず、報えず、母親には嫌われ、父親には殴られた。誰かと友達になれど、虐められていた私の魅力では到底及ばず、誰もが私を捨て、虐める側に回った。  とかく、私には何の価値も無かった。自分の希望を込めた人形を、新たな子どもを作ったが、その子もみんな自殺した。その子にも酷く恨まれた。価値の無い人間から生まれた子は、価値が無いのだと。  何か返さなくてはならない。透子という、美しい存在に出会ったからには、命でも何でも差し出さないといけない。  生まれてきただけで喜び、慈しみ、許し、愛し、叱ってくれる理想の母親など存在しない。  そう考えている私に、椎奈は尽くこう突きつけた。 「人間はなべて価値が無い」  私には価値が無い。価値など出来たことも無い。だから、愛されないのだ。必死で天秤に紙切れを乗せている私では、決して向こう側に置かれた宝石を手に入れることはできないのだ。  私は必死に忠誠を誓おう。優越感を与えよう。素晴らしい努力を捧げよう。  だから、たとえいちばんがとれなくても。
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