0人が本棚に入れています
本棚に追加
彼とのファーストコンタクトは、正直言って最悪だった。僕は一切の好意を抱かなかったし、彼も僕に一切の好意を向けなかった。
「初めまして、瑠衣の弟です」
確かに彼は僕の知り合いの弟だった。知り合いによく似て顔立ちも良く、双子だというのは本当らしかった。でも、彼は最初、自らのことを瑠衣の弟──まるで瑠衣の付属品のような扱いをした。
それを聞いたとき、彼はずいぶんと卑屈だということがすぐに分かった。面白くなかった。じとりと光の無い瞳で見上げられるのが、どうも嫌だった。
「初めまして、榊原拓馬君。僕は龍宮寺未音、『瑠衣君の先輩』だ」
僕の自己紹介に、拓馬はそっけなく、よろしくお願いします、とだけ言った。そして、眉を寄せて泣きそうな顔をしてみせる。
急に泣かれても。慌てて隣の瑠衣に目を向けると、彼は乾いた笑い声を上げた。
「顔、凄いことになってますよ」
女子に向かってそれは何だよ、と言おうとしたところで、はっと気がつく。自分は眉を寄せて厳しい顔つきになっていた。傍から見れば、三年生の先輩が新入部員に睨みをきかせている図になる。
謝れば、拓馬はおどおどした様子で、す、すみません、と言って頭をぺこぺこと下げる。僕のことなんて覚えなくても、と続ける。
嗚呼、ますますつまらない。後輩が先輩を敬うのは当然なのだ。当然すぎて、つまらない。
かたや、隣の兄はケラケラ笑って僕をからかう。むしろ、こちらの方が面白い。僕は敬意なんて求めていないし、いっそ傲慢なくらいが丁度いい。
それに、拓馬の死んだ目を見ていると、心の奥底で燻る、酷く臭くて熱いものを感じる。怒りや悲しみ、嫉妬などでは表し得ない、痛みを伴ったもどかしさと絶望。ゆっくり脈打つ心臓が腐って、壊死して、それでも動いているような、不快な感覚。
拓馬が目を逸らしてくれて助かった。自己紹介が終わると、彼はまた机に戻ってレポートに数式を書き始める。彼はこの部室に来てからずっと、出された課題をこなすことしかしていない。真面目だなぁ、と言う他の部員とは違い、僕は少し苛々していた。
すらすらとペンを動かし、止まること無く数式を書いていく。その答えは全て正しい。三年にもなって、文系の僕は数学が苦手だし、並の理系だってこんな複雑な問題を迷わずに解けやしないだろう。
噂通りの秀才だ。だから何だ。僕が求めているのは、真面目に学校から出された課題をこなしているような、そんな天才じゃない。むしろ、課題なんて出さないくせに、いつもテストでは満点を取るような、わくわくする天才だ。
きっと、拓馬は酷く模範的な優等生で、かつ、卑屈でふさぎ込んだつまらない人間なのだろう。別に僕はクラスの大多数のように、ノリが良いだけの生徒を面白いと称しているわけではない。
僕が見たいのは、普通の人間が隠す、ぎらつくものなのだ。
最初のコメントを投稿しよう!