0人が本棚に入れています
本棚に追加
「後輩には優しくしなきゃ駄目だよ?」
「評価が厳しいな」
「だって、何だか気に食わなくって」
昼食の時間は、いつも如月飛鳥と世良晴彦の下に行って雑談をしている。彼らは僕の目から見れば、非常に面白い人間だ。
飛鳥は後輩を可愛がるタイプだし、晴彦も堅物そうに見えて価値のある後輩には非常に甘い。僕だって、価値を見出だせる面白い人間であれば猫可愛がりしたことだろう。
毎日自分で弁当を作ってくるらしい飛鳥は、晴彦と僕の弁当箱に自信作のハンバーグを勝手に乗せながら、口を尖らせて言った。
「だって、噂通りの天才君だったわけだよ? 全国模試でもトップクラス、人並み外れた才能の持ち主。未音ちゃん、天才君大好きでしょ?」
「そうだけどさぁ……別に、自我の無い勉強まっしぐらな量産型を見ても」
「ふむ……貴様が気に食わないのは、量産型を見たからではないと思うが」
「え?」
ハンバーグを箸でそっと掴み、晴彦はそう言った。ソースの香りがこちらまで漂ってくる。返答は無く、彼は飛鳥に貰ったハンバーグを食べている。何か言ってよ、と僕と飛鳥が返した。
量産型──つまり、どこにでもいそうな人間ということだ。僕がクラスでの行動を嫌う理由はここにある。量産型の人間達が、量産型らしく何も考えずに何かに取り組む様が本当に嫌いだ。
それ以上に、後輩を好きになれない理由があるとは思えない。僕は面白みのある人間ならたいてい好きになるのに。
白くぼやけた光が晴彦の眼鏡に映っている。なかなか返答の無い晴彦の代わりに、飛鳥が口を開いた。
「でもさ、その後輩の話を聞いてると、未音ちゃんと似てるなって思うよ」
「どこが?」
「真面目なのに、自分を見下してるとこ」
飛鳥は僕の机の上を指差す。机の上といえば、テストに向けて勉強している跡がある。単語帳、ノート、参考書。在り来たりな勉強手段達。
「未音ちゃんってやりすぎなくらい頑張ってすぐ体壊すし、クラスで一番取ったって、僕はまだまだだから、とか言って誤魔化すよね。私、よく分かってるよ」
「いや、だって親を黙らせるには全然足りないし、志望校にはまだまだ届かないし」
「まだ四月だよ? そんなに焦らなくたっていいのに」
確かに、他のクラスメイトでこんなに真面目に勉強をしている人なんていないだろう。晴彦は根っからの天才だし、飛鳥は頑張らなくても器用にそれなりの点数を取ってみせる。
しかし、僕に限っては違うのだ。点数は生命活動を左右する。僕のライフラインが切られるか否かの問題なのだ。だから、卑屈とは違う。決して自分の能力が劣っていると思っているわけではない。
「本人は気がついていないようだが」
「なに、世良はさっきから何を言いたいの」
「あ、分かるかも。どっちかっていうと、自分を大切にしてない感じ? そうでしょ?」
「そうだな、如月の言うとおりで合っている」
晴彦と飛鳥はさすが幼馴染と言わんばかりの以心伝心である。二人とも言葉が足りないのだ。僕は呆れてものも言えず、天を仰いだ。電灯の冷たい眩しさに目を細める。
だが、考察することはできる。僕は自分の理想に向かって身を削りがちなのだ。人間は少なからず理想主義であるし、理想のために自己加害に至り、理想とのギャップに身を焦がすものだ。
しかし──僕が本当に面白い人間なら、受験生らしく勉強なんてしないだろうに。
最初のコメントを投稿しよう!