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「未音さん、私の従兄弟とは仲良くなれましたか?」
特に何かがあったわけでもなかった。僕の愛する後輩は、さきほどまで僕の世間話を聞いていたし、彼女はそれにこくこくと頷いて楽しそうに相槌を打っていた。
これだから彼女は、神崎美香は面白いのだ。唐突に僕の懐に潜り込み、冷たい刃を僕の喉元に突きつけてくれる。
もちろん、兄の瑠衣とは仲良くしている。彼は美香とは違って距離を詰めてくるタイプではないし、八方美人で飄々としているから、ある程度まで仲良くなるのは容易い。
一方で、弟の拓馬とは、まだ仲良くしているとは言い難い。当初ほどの苛立ちは無いが、彼と話していて不都合が無いとはいえない。相変わらず彼のことは理解し難く、見ていて複雑な気分にならざるを得ない。
「そうだね。特に、瑠衣君は面白い子だと思うよ」
「まぁ、貴女なら拓馬君の方をお気に召すと思っておりましたが」
「え?」
美香は星を詰めたような黄色い瞳を爛々と輝かせ、クスクスと可愛らしく笑った。
彼女の鋭い洞察力には敬意を払うが、現に僕は拓馬の方とは開襟できていない。彼女の考えが間違っているとは言いたくないし、おそらくは僕が彼女の期待するほど良い人間じゃないのだろう。
あら、まぁ──美香は感嘆を漏らしながら、さきほど淹れた紅茶に砂糖を流す。上品な動作だが、今の一挙動で角砂糖三つ分は入っただろう。
「彼は貴女にとても近しい存在で、人間らしい歪んだ矛盾を抱えております。貴女を飽きさせない人格をお持ちだと思いますが」
「か、彼が僕に近いって……僕、あんなにふにゃふにゃかい?」
「いいえ? 貴女もご存知でしょう、彼が卑屈を装っているだけの自信過剰な方だと」
卑屈を装っているだけで、自信過剰。僕はそう思ったことは無いが、時折卑屈の金メッキが外れるのは見ている。特に、自分の能力について言及されると、彼は途端に卑屈な態度を改める。自らを卑下することもあるが、能力の足らない自分を貶めるのと同時に、自分より格下の人間も見下すのだ。
──僕をあまり買い被らないでください。当たり前にできることじゃないですか。
彼はそう言って僕の称賛を突っぱねた。その問題が当たり前にできなかった僕ごと謙遜した。
僕が宙を見つめて考えに耽っていると、美香はティースプーンをくるくると回しながら続けた。
「彼は、皆様が御存知の人格とはかけ離れ、振る舞いが傲慢なのです。彼は歪んでいるのですよ」
「歪み、ねぇ。僕も、傲慢ゆえに卑屈になる人間を知っているよ」
「あはは、それならばつまらない人間だったでしょう。彼はおそらく、傲慢ですらありません。というか、彼は一途なんです」
美香はそう言うと、ティーカップに口を付けた。一口飲むと、慌てて口を離す。どうやら猫舌らしい。
一途の意味を辞書で引いてみたら、拓馬のような人間が出てくるだろうか。健気とは違う、忠実ともまた違う、一途な人間なのだろうか。そもそも、僕から見て彼は一貫していないのだから、一途という言葉が当てはまらないのだが。
紅茶に息を吹きかける美香を眺めつつ、そんな疑問を投げかける。
「彼には芯が無いよ」
「彼には何かしらの行動理念があるのでしょう。どうしても、彼がお気に召しませんか?」
「気に入らないわけではないよ。なんというか、納得できない」
「まぁ、鏡を見てはいかがでしょうか。貴女の行動理念は、何なのでしょうか。彼にあって、貴女に無いものは?」
投げかけた視線に対し、彼女は実に妖しげな笑顔で応えた。口角は端正に上がり、目は綺麗な弧を描いている。模範的な笑みなのに、その表情には不思議と含みがある。瞳はどこか仄暗い。
目を逸し、そうだね、と答える。僕の行動理念は、一つと言えるだろうか。拓馬のように、何か強い理念があるだろうか。そもそも、信条は幾つあるのが模範解答なのだろう。
僕が目指すのは、愉快で、効率的、そう、効果的なことだ。その二つに、辻褄はちゃんと合っているだろうか?
「おっと、少々傲慢な物言いをしてしまいました。私はただ、従兄弟をよろしく頼みたいだけなのですが」
「いいよ、面白かったし。美香ちゃんは、どうして僕が彼と仲良くできないんだと思う?」
「彼を見ていると、虚ろになるから」
美香はティーカップを微かに傾けると、目を伏せて口角を下げた。あぁ、愉快だこと。彼女の呟いた言葉は、紅茶の水面に落ちた。
彼女の残した、詩的で比喩的な言葉を反芻する。柔らかい日差しとアールグレイの香りで、少し眠たくなってきたから、謎を解くのは昼寝の後にしよう。
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