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初日
美香は、自らの名前を──そう、彼女の名前は確かに「神崎美香」なのだ──呼ぶ声で目を醒ました。
赤紫の目をした少女が、美香の肩を叩いている。その隣では、顔を真っ青にした少女が美香の名を呼んでいる。
美香は起き上がると、普段どおりの微笑を浮かべて、二人の名前を呼んだ。
「あ、奏先輩、柚子先輩……」
「え、あ、起きた!」
「良かったぁ……美香ちゃん、死んじゃったかと思った……」
雲母奏と東雲柚子は、美香の親友だ。三人は一つのグループとなって行動することも多い。二人は胸を撫で下ろし、美香の手を引いて立たせた。
美香はスカートをはたき、埃を落とすと、明瞭な声で続ける。
「死んでないですよー、なんてったって私は幸運なんでね!」
「じゃあ、もしかしてこの空間についても知ってるんじゃねぇの? お前が一番風香さんと仲が良いんだから、何か聞いてないの?」
彼女に話しかけたのは、戸籍上従兄弟にあたる榊原瑠衣だった。その隣には、彼の双子の弟たる拓馬が控えている。二人の訝る視線を受けると、美香は少し黙ったのち、眉を下げて答えた。
「聞いてないですよ、完全にサプライズ、って感じですかね」
「で、でも、僕達も何も聞いてなくて……だから、その、変なところに連れてこられても、困るっていうか……」
「うわああぁ!? 何これ!?」
拓馬の声を遮るようにして叫び声が上がる。ハスキーな女性の声だ。彼らは窓の方を見やる。窓の外を眺める、背丈のある少女・小鳥遊愛が発した声だった。隣には、彼女の親友たる雲雀杏が並び、外の空間に手を伸ばしている。
仰視すれば空が、目下には駐車場が広がるはずの空間には、何一つ無い──代わりにあるのは、黒。空も大地も無く、ただただ黒い空間が広がっていた。
まっさらな黒板、動かない時計、一クラス分の机、広がる黒い闇。教室に集められたのは、風香と友梨を除く演劇部員。
混乱した部員たちは、廊下へと走っていく。されど、向こう側からやってきた先輩たち・諸星凪と龍宮寺未音とすれ違えば、皆揃って落胆するのだった。
「いくつか教室と階段はあるんだけどね、階段は全部鍵がかかったドアがあって先に行けないんだよぉ」
「完全に閉じ込められてるよ、困ったね。で、友梨さんはいたの?」
「いないんです……えー、さっきまで一緒にいたと思ったんだけどなー」
「友梨さんはどこへ行ったんでしょうか……」
美香が起きるより先に、結城流風と天羽美琴は他の教室を見て回っていたのだが、広がる光景は今いる部員が集まる教室と大差無い。
次第に混乱は大きなものになる。落ち着いて、と声をかける凪、狂ったように階段のドアを叩く柚子、それを止める奏。教室の片隅で震える美琴に、それを慰める愛。誕生日を祝われるべきだった本人は、教室の真ん中で、人形のようにおとなしく座っていた。
すると、騒然とする教室に人が入ってきた。仮面を付けた、背の高い女性だ。下ろした黒髪は長く、おそらく背中くらいまであるだろう。見た目のスレンダーさから、さらに背が高く見える。
演劇部員は皆、絶句してその人陰を見つめた。
「皆様、お集まりでしょうか。さっそく今回のゲームのルール説明を始めます」
少し高い声と、声に似合わない冷たく無機質な喋り方。真っ先に食い付いたのは未音だった。髪を揺らして女性に近づき、口元にわずかに笑みを作って問う。
「……へぇ? 君がなんでそんな滑稽な姿をして出てくるわけ?」
「今回の主催者に頼まれたからです」
「じゃあ、君がこの世界に僕たちを閉じ込めたわけだね、友梨さん?」
「私はゲームマスターを頼まれただけです、ご着席ください」
彼女らの目の前に現れたのは、仮面をつけた八神友梨だった。
特に大きく反応したのは、柚子だった。血の気が引いた顔で、縋るように友梨の腕を引く。
「ねぇ、なら、これから……人狼ゲームを、やるってこと?」
「お察しのとおりです」
「この前と、同じルールで?」
「人狼ゲームといえば、貴女もご存知のルールしか無いでしょう。皆様も把握していらっしゃると思うので、今回の特別ルールのみお知らせします」
柚子の手を乱雑に払い除け、友梨は凍りついた部員たちを仮面越しに見渡した。
確かに、演劇部員は日頃から人狼ゲームを好いてよく遊んでいた。《妖狐》がいたり、《共有者》がいたり、《猫又》がいたり、時には特別なルールで遊んだこともあった。彼らは人狼ゲームのアマチュアとも言えるだろう。
「今回の役職は、《村人》が五人、《占い師》、《狩人》、《霊能者》が一人ずつ、《人狼》が二人、そして、《人狼》を事前に知ることができる、《狂信者》の十一個です」
「で、俺たちを閉じ込めてどうするんだよ?」
「……説明のあとに質問を受け付けます」
瑠衣が突っかかるも、友梨はかわして話しつづける。顔を背け、別の方を向いて、ポケットに入ったカードに手を伸ばした。
「今回、新たに《恋人》という役職も配布されます。二枚存在し、先ほど申し上げた役職とは別に配布されます。
貰った二人は、互いを把握できますが、片方が死ぬと後を負わねばなりません。
二枚とも村人陣営、人狼陣営に送られたならば、最後まで二人で生存すれば勝利です。
しかし、もしも違う陣営同士で恋人になってしまった場合──二人以外の全てを殺さねば、どちらも敗北になってしまいます」
杏が、また変な役職を、と吐き捨てるように答える。彼女もまた、このゲームが決していつもどおりの遊びでないことを察していたのだろう。それに応じるように、友梨も杏を突き放し、無視して説明を続ける。
「さて、階段の扉は、昼の処刑が終わると開き、一階下へ降りられるようになります。
処刑、襲撃された人は、その場で脱落となります。最終日まで生き残った人は無事、一階に辿り着けるわけです」
「脱落って、どういうこと? じゃあ学校の階数分あるってこと?」
「さぁ、それはどうでしょうか」
腰に手を当てて不機嫌そうに問う奏に対して、友梨は鼻で笑って答えた。馬鹿にするような素振りに、奏は柚子の手を握りながら、友梨を睨みつける。
「それと、美香さんの誕生日パーティなので、美香さんを襲撃、または処刑するのは、最終日まで許されません。美香さんには必ず《村人》を配布します」
友梨はさっそくカードを配り始めた。ダミーカードも含めて、一人二枚配っていく。
美香のもとには、《村人》とダミーカードが配られた。辺りを見回す彼女は、前髪の向こうで梔子色の瞳を鋭く光らせていた。
全員が訝しみながらもカードを受け取り、把握してしばらくすると、流風と美琴がバタン、と音を立てて倒れた。奏が高い声を上げる。しかし、その奏もすぐにへなへなと座り込み、倒れる。
次々と部員が倒れていく。その理由を、残された美香も知ることになる。黒板の上にある、放送を流すスピーカーには蓋を外したような穴があった。そこから、白い煙が噴き出す。
抗うように拳を握り締め、美香が憎しみを込めて、仮面の人陰に何かを言う。崩れ落ちて床に倒れこむ美香を、友梨は無感情な目で見つめていた。
「ただいまより、夜時間開始です」
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