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「──コンクール、優秀賞。天羽美琴」
四時間目の始業式も終わりに差し掛かり、賞状授与が始まっていた。体育館には眩しい太陽が差し込み、少し冷え始めた冬の空気を温めている。
日差しに眠気を覚えていた小鳥遊愛は、校長の賞状を読み上げる声で目を覚ました。
小説の評価なんぞ分かり得ない生徒らは、ぽかんと口を開けて美琴を見上げていた。愛も、教師らの拍手につられるようにして手を叩いた一人だった。
クラスの端の方で静かに本を読んでいた美琴が、まるで賞に悔いがあるかのように浮かない顔をして賞状を受け取っている。自分のクラスの列に並ぶと、美琴は宙を見つめて座ったが、前にいた女子達はまるで今日初めて天羽美琴という存在を知ったかのようにはしゃぎだし、凄いじゃん、小説書けるんだ、と声をかけた。美琴は弾かれるように口角を上げて、ありがとうございます、と一言言い、大人びた笑みを見せるのだった。
それから取るに足らない賞の数々を数え上げる間、愛は美琴の小説についてぼんやりと思い出していた。
美琴が書いた小説はミステリー小説だった。とはいえ、半ばファンタジーが混じっていて、人間ではし得ないトリックも交えてある。普通ならば有り得ない犯罪を取り上げて、読者を置き去りにするのかと思われた。だが、美琴の作り込まれた構造はそれを許さなかった。
現実にリンクする設定が盛り込まれていて、まるで近未来を見ているかのようにさえ感じられた。最優秀賞は常連の社会人による人間の闇を描いたミステリーだったが、愛は美琴の作品の方に惹かれている。
愛の脳裏によぎったのは、彼女の部屋のゴミ箱だった。たくさんの原稿用紙がくしゃくしゃになって捨てられている、小さなゴミ箱だ。一つ一つを広げれば、没になったシーンやまるまる一つの物語が書いてある。犠牲となった文章のゴミ箱の上に、彼女が提出した小説が存在する。
かつて、愛も一つのミステリー小説を書いた。主人公は天才犯罪者であり、彼に対抗すべく作られた警察庁の物語である。彼女の父が出世した警察であることから、警察庁の描写は細かく描けるように努力をしていた。捜査の仕方も、犯行声明の受け取り方にも、彼女は凝っていた。
けれども、小鳥遊愛の名前が入選の欄に載っていることはなかった。
彼女は最初、初めて小説をコンクールに出すという経験をしたのだから、当然だと思った。むしろ、一つの作品を作り上げたということに意義があるとさえ思った。されど、彼女の眼前に座っているのは自分と同じ歳である美琴である。
さらに、人気が高いミステリーというカテゴリであることを理由にしようとした。されど、彼女の眼前に座っているのは自分と同じジャンルを書く美琴である。
教室に帰ると、愛は下書きとしていたドキュメントファイルを開いて黙読していた。度重なる校正と推敲により、誤字や脱字は見当たらない。物語の展開も、彼女の思い描いたとおりの起承転結で進んでいる。
しかしながら、彼女は不足を感じた。何が不足しているというわけではないが、何かが足りない。美琴の書く小説にあって、自分に無いものがある。構成力? 真実性? 経験? それとも、才能?
彼女は黙々と熟考した。逆に言えば、全く分からないのである。ここまで歴然と評価に差があるのに、彼女は全く思いつかなかったのだ。
昔、父から、人を尊敬することを忘れないように、と言いつけられていた愛は、喜んで言いつけを守り、今でも当然美琴にも敬服している。尊敬する気持ちはあり、自分の方が拙い文を書いていることは理解できている。
勿論、美琴のことは褒め称えるつもりだ。だが、彼女はどこを評価し、どこが足りないと思うべきか、分からなかったのだ。そして、それが不満で仕方が無いのだ。
そんな感覚は、彼女にとって初めてではなかった。剣道部の後輩が、初めて出場した大会で優勝したとき。剣道部の先輩が、真面目で一生懸命な自分よりも同い年の不真面目な生徒を好んだとき。懸命に勉強したのに、先生が少し点の上がった生徒を褒めたとき。
「他人の努力を馬鹿にするな!」
愛が昔から大好きだった物語は、しばしばそう言って悪役を倒している。彼女はその言葉に甚く感服しては、自分の信条として掲げている。ゆえに、新たに入ってきた剣道部の後輩による努力は全力で賞賛した。
それでも、懐かれるのは不真面目な先輩ばかりだった。
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