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「んふふ、プリクラなんて久々だよ」
「プリクラ……憧れるものですか」
「うん、彼氏とプリクラだもん」
奏が装飾を施したプリクラの紙を見ながら、年齢に似合わず拓馬は首をかしげるのだった。
「理解できない営みだ」
「どうして? 可愛く写って、思い出も作れる。素敵じゃない?」
「なるほど、人間の女性はそう考えるんですね」
拓馬はこくこくと頷きつつ、嬉しそうな奏を眺めていた。
その刹那、高々とタイヤが鳴いた。さながらセイレーンの歌声のようだった。
二人の目の前を、車が暴走する。
拓馬は、小さな悲鳴を上げた奏より少し身を乗り出した。
二人の前を凄まじいスピードで通り過ぎた車は、遠くの方で、ガシャン、と大きな音を立てて止まった。
しばらく二人は何も言えないまま、その場に立っていた。拓馬の手首を握りしめた奏と、心ここに在らずといった様子で宙を見つめる拓馬。
「……び、びっくりした」
奏がやっと振り絞った言葉は、微かに震えていた。
拓馬はその声で目の焦点が定まると、ゆっくり瞬き、奏の方に振り向く。
「お怪我はありませんか」
「え?無いよ」
「そうですか」
拓馬の落ち着いた様子に驚いた奏は、何度も瞬いて見つめ返した。無感情な赤い目が見つめる。
「でも、まぁ……無事で良かった。人が集まる前に行っちゃおうか」
「そうですね」
奏が表情を緩めたのを見ると、拓馬は手首を握られたまま、奏が向かう目的地へと足を進めた。
徐々に人だかりができる様を背景として、二人はまた他愛無い日常会話に戻る。秋空も逆走する人々もエキストラでしかない。
エキストラが集まり、パトカーのサイレンがBGMとなった頃、二人は一軒の服屋の前にいた。並ぶ服は、どれも人形が着るような、おしとやかでロリータ系のもの。
奏はウインドウに近づくと、店内の様子を煌めいた目で眺めていた。
「わぁ、やっぱり可愛いなぁ。何か買っちゃおうかな」
「お好きにどうぞ」
「ねぇねぇ、一つやってみたいことがあってね」
奏はそう言って、拓馬の手首を引いて店内に入る。そしてしばらく服を吟味したのち、二つのハンガーを手に取った。
よく似たワンピースを見せて、にんまりと微笑む。
「どっちが似合うかな?」
拓馬は、何も言わずにじっと奏を見つめ返していた。答えが返ってこないと、途端に奏は耳を赤くして目を逸らす。
「……いや、よく少女漫画でこういうの見るからさ」
「そうですか」
「うん、はい、やめておきます」
「どちらでもお似合いですよ」
まるで店員のような返答に、奏が吹き出す。
「拓馬君、ほんと面白いなぁ……で、実際はどう?」
「実際?」
「褒め言葉じゃなくて、客観的に見てどっちの方が似合う?」
「そうですね、ウエストを気にされていたようですから、膨張色よりは……」
拓馬は奏が持っていなかった色のワンピースを選ぶと、奏が持っていたハンガーを受け取り、代わりに手渡す。
「赤紫!」
「君の目の色でもあります」
「っていうか、よく知ってたね……」
「奏さんはむしろ細いくらいですよ」
理想的な体重を大幅に下回った拓馬がこのように述べるのは、奏にとっては微妙なことだった。
「拓馬君も細すぎるんだよ」
「なぜ、僕の話に……」
「うん、まぁ、とにかくこの色にしようかな」
奏はタグを見て硬直した。拓馬が覗き込めば、少し高めの値段がつけられていることが分かる。
「高い……」
「少しでしたら、僕の手持ちから出せますが」
「いいよ、気を使わなくたって」
「我々の親は、お金だけは有り余ってるんです」
拓馬の父親は社長で、母親はモデルだ。幼い頃は人々の好機の目に晒されたものだった。
しかし、瑠衣と拓馬は、あまりに美しすぎて、人間離れしすぎていた。人前では常に笑みを貼り付け、人のいないところでは感情の抜け落ちた顔をしていた双子は、奇異なものとして避けられるようになった。
そもそも、親は仕事に執心して、二人の世話をしなかったのだが。
「お気に入りなら買いましょう」
「ううん、いいよ。また今度ね」
奏は困ったように笑うと、ハンガーを戻し、他の服に目を移す。度々振り返って恥ずかしそうに質問してくる奏に、拓馬は褒め言葉の後、本音で答えるという作業を続けていた。
何度か続いた作業は、奏が洋服ではなく、アクセサリーを買った時点で終了した。
小さなリボンと鍵のモチーフが施されたカチューシャだった。奏は早速つけると、拓馬の方を向いて、ありがとう、と言って裾を揺らす。
「似合う?」
「お似合いですよ。特に、アンティーク調なモチーフが」
「それなら良かった」
錠前をモチーフとしたイヤリングを揺らし、奏はくるりと回って見せた。
一回転したところで、そうだ、と言って奏が顎に手を当てる。
「何かアクセサリーをプレゼントするよ。何がいい?」
「いえ、僕は結構ですよ」
「やだ、今日は私のわがままに付き合ってもらうよ」
何も言い返さずに暗い目で奏を見つめる拓馬に、奏は腰に手を当て、誇らしげに口角を上げた。
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