初日

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初日

 とある村に住む娘・ナギは、何の才能も無い、ただの農家の娘だった。ポストに入っていた、封蝋付きの手紙を手にするまでは。  村娘思へらく、彼女の才能とは幸運だったのだろう。父と母に隠れて、その特別感溢れる封筒を開けると、微かにインクの香りを漂わせ、達筆な文章が書かれていた。  彼女は極普通の教育を受けた、極普通の少女だったゆえに、その文章が公文書に使われるような格調高きものだと理解した。村娘が手に入れ得ない高貴な便箋には、確かに自分の名前が書いてある。 *** 拝啓 モロホシ ナギ様 モロホシ様におかれましては益々のご清祥のこととお慶び申し上げます。 つきましては、サカキバラ家で開催致します、子息の結婚祝いに貴殿をご招待いたします。 こちらは無作為にお選びした、才能ある客人を招く、非公式かつ無礼講の場となっております。 場所はサカキバラ本家の洋館となっております。本人確認のため、この招待状をお持ちください。 また、今回の無礼講は完全に非公開であり、秘密の会合となっております。家族や友人を含む、他者には決して口外なさらないように願います。 末筆ながら、ますますのご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。 敬具 サカキバラ ルイ ***  非公式かつ無礼講、という響きに、村娘は手紙を胸に当てて大きく息を吐いた。下流階級の彼女にとって、サカキバラ家という名家は、足を踏み入れることすら許されない領域だ。  父と母にさえ話せない、秘密のパーティ。村娘の緑の目は、エメラルドのように興奮で煌めいていた。  祖母がかつて買ってくれた、精一杯に背伸びをした紫のワンピースを着て、同じ紫のリボンのカチューシャを身につけ、姿見の前でくるりと回ってみせる。ふわりと揺れる裾を見ていると、彼女はまるでお姫様になったかのような気分になったのだった。  当日、父と母が出かけたのを見計らうと、村娘は書き置きを残し、紫のワンピースを揺らし、パンプスを鳴らし、誰にも見つからない道を通って、名家へと向かったのだった。  嗚呼、まるでシンデレラのよう――身軽な荷物と共に、小銭を片手にして、森を抜け、町に降り、町一番に大きな洋館を目指す。灰を被った村娘は、ガラスの靴もカボチャの馬車も無いままに、舞踏会へと、自分の好奇心を魔法として、バスに揺られていた。  ようやく洋館を目の前にした村娘は、赤い煉瓦の洋館を見上げ、ぽかんと口を開ける。そうして立ち止まっていると、クラシックなメイド服を着た女性が、村娘に声をかけてきた。  招待状を、と言われ、村娘は慌ててポケットから黄ばんだ羊皮紙を差し出す。女性はこくんと頷くと、こちらへ、と言い、村娘を大きな門の向こうへと導いた。  噴水に、咲き乱れる花畑に、白い彫像。村娘がお伽話で読んだような物が、目の前に次々と現れる。村娘はあちらこちらに目線をやると、メイド服を着た女性になんとか追いついて行った。  扉が開かれ、ロビーが待ち受けている。赤い絨毯の敷かれたロビーには、既に多くの人が集まっていた。皆、美しい衣装に身を包み、フォーマルな装いをしている。  村娘が自分の質素なワンピースに目を向け、居た堪れなくなって目を逸らしていると、やぁ、と女性の声がかかる。 「は、はいっ!」 「キミ、もしかして歩きで森の中を通ってきたの? 裾が汚れてるよ」 「そ、そうですよねぇ、なんか場違いって言うかぁ……」 「気にしなくて良いんだよ。今日は無礼講、ワタシもアナタも、御曹司様も村娘も、みんなみんな平等なんだから」  最初に話しかけてきたのは、黄色のカーディガンの下に紫のドレスを着た、眼鏡の女性だ。優しく穏やかな声で話すのは、モノクルをした桃色のワンピースをした女性である。どちらも沈着冷静な様子で、村娘は思わず恥ずかしくなって俯く。  ざわついていたロビーが、途端に静かになった。人々が顔を上げる。ロビーの奥から、白いスーツを着た男性と、白衣を着た男性が現れる。その隣には、胸を張って歩く、白いワンピースを着た女性と、少し前屈みになって恭しく後ろを歩く、緑のワンピースの女性が立っていた。  張り詰める場の雰囲気に、村娘も思わず息を呑む。特に、顔のよく似た男性二人は、一度見たらもう忘れられないであろうくらいに端正だった。それだけでなく、自分よりも背が低く若いはずなのに、何か人を黙らせる、威厳のような、貫禄のような――村娘でいえば、村長のような雰囲気を携えている。  皆目を集め、首を竦めて笑うと、白スーツの男は、諸君、と声をかけた。 「この度は、うちの弟・タクマとキララ様の結婚パーティにお集まりいただき、心より感謝致します……と、堅苦しい挨拶はここまでに、今宵は無礼講。今夜を共にする皆様で、自己紹介をしましょう」  そう言うと、双子の兄の方はぺこりとお辞儀をした後、薄く微笑んで続けた。 「俺はこのサカキバラ家の当主、ルイという。こちらは弟のタクマ、めでたくキララ様と婚姻に至った。医者をしている」 「よ、よろしくお願いします……タクマと申します」  兄に背に手を当てられ、医者もぺこりとお辞儀をした。おどおどとしている様子だけ見れば、極普通の人間に見えなくはない。  だが、何より、隣に立つお嬢様が問題だ。キララといえば、有名な財閥の一つである。お嬢様は水色の髪を揺らすと、腰に手を当て、ハキハキとした声で話す。 「私はキララ家の令嬢、カナデといいます。この度、サカキバラ家のタクマ様と婚姻を結ぶことになりました。そして、こちらが家政婦のユズちゃん」 「ちゃん呼びは止してくださいとあれほど……はぁ、ユズと申します、しがない家政婦でございます」 「でも、まぁ、無礼講だから。気軽にお話ししましょう。今日はちょっとくらいの無礼なんて気にしないで、呑んで食べて楽しみましょう!」  隣の家政婦はぺこぺこと頭を下げる一方で、お嬢様はモノクルの下のつり目を細め、誇らしげに笑っている。  この二人が仲良さげなのは見てすぐに分かる。年も近く見える上に、家政婦に「ちゃん」付けをするほどだ。とはいえ、お嬢様は若くして御曹司が持つような威厳を持っているのは確かで、村娘も怖気付いてしまう。  さて、と言うと、御曹司は客人たちに目を向けた。最初に目が合い、お辞儀をしたのは、背の高い茶髪の男だ。シルバーのアクセサリーがぎらんと輝く、一見怖そうな見た目をしているが、元気に挨拶をする様はその根の善性を表すようだった。 「お招きいただき光栄です! 自分、ピアニストやってるシュウヤっていいます!」 「しゅ、シュウヤ、って、あのシュウヤさん?」  お嬢様が目をぱちくりさせる。御曹司はクスクスと笑うと、あぁ、いかにも、と答えた。 「こちらは我が国が誇る天才ピアニストだ。超絶技巧を弾ききるほどの才能がある」 「いやぁ、オレ、ただピアノ好きなだけなんすよ。だからそんなに持ち上げないでほしいっす。実はタクマさんとは親交があって……」 「……そうだね、シュウヤ」 「今宵は無礼講、敬語も要らない。何せ、同い年だと聞いているからな」 「え、いいんすか⁉ ありがとうございます!」  ぺこりとお辞儀をして、歯を見せてはにかむ。医者がほんの少しだけ硬い口元を綻ばせた。  御曹司が村娘より年下なのだから、彼もまた年下なのだろう。見た目からは想像できない音楽家の才能に、村娘はあんぐりと口を開けた。  村娘は音楽に長けているわけではないから、有名なピアニスト、と言われても思いつかない。とはいえ、お嬢様は解しているのだから、上流階級では名が知れているのだろう、と納得する。  その隣に立っているのは、女性陣で唯一スーツに身を包む、赤髪の女性だ。青緑の蝶の髪飾りと、黒くスマートな眼鏡がよく似合っている。見るからに「仕事人間」と感じさせる。 「あたしは弁護士をやっています、クリと申しますわ。貴殿からの御招待、厚く御礼申し上げますわ」 「弁護士……ルイ、弁護士に知り合いなんていたの?」 「いるわけ無いだろ。無作為に選んでんだから」 「では、これを機にどうぞ弁護士との関わりをお持ちください、御曹司様。いつでも法廷で味方してしんぜますわ」 「あはは、そういう羽目にならなきゃいいだけの話なんだけどなァ」  こそっと話しかけた医者に、御曹司はけろっとして返す。弁護士は戯けてみせる御曹司の言葉に、えぇ、ごもっともですわ、と真面目に返すのだった。  隣に立っていたのは、銀の長い髪をポニーテールにした女性だった。一際背が高く、先程自己紹介をした男性と同じくらい――いや、ハイヒールを履いてるから、より高いだろう。この中では一番背が高く、すらっとした体が印象的だ。 「私は記者をしている、ユリという。貴方様に御招待頂き光栄です」 「さっきから堅苦しいな、どいつもこいつも。ってか、あなたとは長い付き合いじゃないか」 「まぁ、そうだけど」 「俺から説明しよう。俺のとこによく取材に来てくれる記者だ。記事も秀逸で、新聞社じゃ著名なフリーライターだよ」  弁護士にせよ、記者にせよ、才能に長けているメンバーが集まっているらしい。村娘が読んでいる新聞にも、この記者が書いた記事があったのかもしれない、と思いつつ、村娘は秀麗な女性がお辞儀をするのを眺めていた。  次に自己紹介するのは、記者の隣に立つ、おそらくこの中で最も背が低いだろう女性だ。記者の隣にいるからこそ、その小ささが目立って見える。それでも、狐のお面を頭につけた女性が大人びて見えるのは、緑の着物のせいかもしれない。 「わたくしは人類学者をしております、ミコトと申します。サカキバラ殿にお呼びいただき、光栄に存じます」 「あぁ、この間テレビに出てた人だよな! 最年少で研究室立ててるって話題になってた!」 「おやおや、音楽家殿もご存知ですか?」 「……私は医学を専門としていますが……ミコトさんの論文は、いくつも読んだことがあります」 「そんなそんな、ありがとうございますっ」  音楽家と医者に褒められ、学者は白い頬を赤く染めて頭に手を当てた。慌てふためく姿は可愛らしいが、研究室を開けるほどの天才だというのだから、人は見た目で判断できない。  緑の着物に生える、青の着物を纏うのは、竹刀を背中にかけた赤髪の女性だ。ポニーテールを揺らし、元気良く挨拶をする。 「俺は剣道家、アイっていいます! 無礼講って聞いたから、敬語とか使わないけど、いいよな?」 「あぁ、構わないよ。この間、日本代表に選ばれたんだって聞いたぜ」 「そうなんだ! 機会があって、世界大会に出ることになってさ!」  村娘は、はっ、として剣道家を再び見る。確かに、テレビで見たことのある姿をしている。最近実力を上げてきた、若き天才だと謳われていた。本で見た虚構の御伽噺の世界で、テレビで見た虚構が目の前にある。いよいよ村娘は緊張して、胸に手を当てた。  隣に視線を向ければ、これもまた、見たことのある女性だ。名前は確か――思い出そうとしていると、そのオレンジの髪をした女性が挨拶を始めた。 「アタシはモデルをしている、アンっていいまーす。御曹司さんは知らないかな?」 「俺は知らない。お嬢様はご存知で?」 「あぁ、私は知ってるよ。今若者に大人気な読者モデルなんでしょう? テレビにも引っ張りだこだし……」 「あ、お嬢様もテレビとか見るんだ。なんか親近感湧くな」  そう、アンといった名前だ。学校で男子生徒が持ってきた雑誌に載っていた。深青のドレスも、編み上げのタイツも、深緑の猫目も、自分と同じ人間とは思えないほど可愛らしい。  お嬢様も嬉しそうにモデルと握手を交わす。隣に立っていた紫色の髪をした女性が、はわわ、と呟き、少しモデルから距離をとった。 「いーじゃん、ルカちゃんだって有名人だし。あ、記者さんにはいつもお世話になってます」 「こちらこそ。隣は、ゲームで有名な……」 「あ、はい! ルカっていいますー、ただのゲーマーだけど……」  緑のロリータチックなワンピースの裾を握り、何度もお辞儀をする。桃色の大きな眼鏡は伊達だろうか、ガラスが入っていない。  記者とモデル、ゲーマーは知り合いらしい。なんとなく疎外感を覚えて、村娘は益々居心地が悪くなって、助け舟を求めて隣に立つ黄色の髪の女性と、水色の髪の女性を見る。二人は村娘に声をかけてくれた唯一の客人だ。  その二人の番になり、先に黄色の髪の方の女性が自己紹介をする。眼鏡に手を掛け、口角を三日月の形にして、不敵に微笑んだ。 「初めまして、名乗るほどの名前でもありませんが、私はミオンと申します。そうだなァ、もしかして、終日琴葉と名乗るべきかもしれないね」 「はっ……! あの、ミステリー作家の⁉」 「……なんと、ご本人に会えるとは」  学者と医者が反応を示す。村娘もぎょっとして、緑の目を見開いて作家を見た。  ついこの間、新人賞を獲ったことで有名なミステリー作家だ。村娘は彼女の小説を読んだことは無いが、友人がハマり込んで買い揃えているのを見たことがある。  頬を掻き、照れ臭そうに作家はにへらっと笑う。 「あはは、そんなそんな。私は好きなもの書いてるだけなんで……」 「わ、わたくしも愛読者なんですっ! 続編、楽しみにしてますねっ!」 「私も、気になって買っているから……続編が見られることを望んでいます」 「二人も読者に出会えるなんて、今日は幸運だなァ。新作のアイディア出しに使わせてもらいますよ」 「くれぐれも、秘密のパーティの話は書かないように。よろしく、作家さん」  はしゃぐ作家に、優しく釘を刺す御曹司。決して冷たい口調ではなく、苦笑と共に出た言葉に、作家はにやにやと笑い返すのだった。  隣で肩を揺らして笑っているのは、水色の髪の女性だ。モノクル越しの海のような瞳を細め、初めまして、と静かに言う。 「ワタシは国立図書館で司書長をしてます、フウカといいます。作家さんとはお友達だよ」 「そうそう。司書さんと一緒に、よろしくね」  二人は顔を見合わせて笑うと、同時にお辞儀をしてみせた。村娘は自分の番が回ってきたことに焦り、目線を横に逸らす。すると、目に移ったのは、漆黒のドレスを着た、背の低い女性だった。  黒い目が合うと、女性は大きなそれを細め、村娘を見上げると、にこりと微笑を浮かべた。 「お先にどうぞ」 「え、えぇっ⁉ そ、そんな、わたしなんて名乗るほどの人でもないよぅ……」 「俺が招いたんだ、あなたの幸運さは誇っていい」 「あうぅ……えぇっと、わたしはナギっていいます、ただの村娘です……こんな貧相なワンピースで来ちゃってごめんなさい……」 「そんなそんな。御曹司さんが言ってた『一般人枠』ってこの人のことだったんだね」 「そうそう。秘密のパーティだからな、こういうワイルドカードも必要かと。無論、あなたも無礼講の一員、敬語も恭しい挨拶も要らない」 「わ、分かりましたぁ……じゃなくて、分かったよぉ……」  お嬢様と御曹司の視線を受け、村娘は目線を斜め下に向ける。されど、周りの反応は温かく、よろしく、と声をかけてくる者が多い。村娘は胸を撫で下ろすと、頭を下げてお辞儀をした。  赤いカーペットに浮いて見えた、背の低い女性に目をやると、御曹司は、わざわざ説明する必要も無いな、と言い、薄笑いで応対した。女性は一度記者に視線をやると、胸に手を当て、高いハイヒールを鳴らし、輪の中に入ってきた。 「あなたは話さずとも、多くの人が知ってると思うよ、有名な女優さん」 「それはそれは、光栄ですこと。 ボクの名前はミカ、いや、女優として名乗るならば、神楽坂薊。御機嫌よう、客人の諸君」  客人たちの雰囲気が変わる。村娘も、名前を聞いてようやく客人たちが黙り込んだ理由に気がついた。  最近では、有名なドラマには必ず出ると言われる、悪役の名優だ。無論、ここには著名人が集まっているのだが、彼女は御曹司とはまた違った独特の貫禄を持っている。  黙り込んだ客人たちに一礼すると、さて、と言って御曹司は手を叩く。 「自己紹介は済んだ。晩餐会を始めよう。メイドの諸君、客人たちを案内するように」  控えていた個性の無い使用人たちは、機械的に客人たちを広い食堂へと案内し始める。村娘は歩き出した客人たちの後を、裾を掴むようにして慌てて付いていった。  晩餐会は大盛り上がりだった。メイドや使用人は全て御曹司の計らいで帰路につく一方で、客人は皆、呑み明かし、食べ明かし、互いの身の上について語り合った。  村娘は特に、最初に話しかけてくれた作家と司書と打ち解けることができた。二人のみが村娘と同い年であったからだ。饒舌にミステリー小説の案について語る作家を、柔らかな笑顔と共に眺める司書と、その物語の豊かさに呆然とする村娘。作家は口伝えだけで、様々な殺人現場を構築し、トリックを考案してみせた。彼女の熱烈なファンである学者も、身を乗り出してその会話に参加してくる。  モデル・ゲーマー・記者・剣道家の四人組は、歳が近いこと、元から友人同士であったメンバーがいることから、楽しそうに語り合っている。無論、今回のパーティの主人公たる医者・お嬢様二人も、拙くではあるが会話を続けていた。隣に控える家政婦がひやひやしながら二人のやり取りを追う。御曹司は、弁護士と音楽家と呑み交わしていた。  そんな中、一人だけ静かにその様子を眺めてる視線に気が付き、村娘は振り返る。女優が一人、ワイングラスを傾け、赤ワインが踊るのを眺めている。黒い目に光は無く、たいそう退屈そうに見えた。  村娘は意を決し、作家と学者が語り合い始めたのを見てから、女優の隣に座った。村娘よりも、幾年か下の少女なのだが、長い睫毛が瞬き、黒く丸い目がこちらに向けられれば、横顔はまるで人形のように整っていて、遥かに大人びて見える。 「え、えっとぉ……女優さんは、他の人と話さないの?」 「ボクの心配なんて、お人好しなんだね。気にしないで、ボクはあえて話してないだけだから」 「それは、どうしてなの?」 「ボクの身の上なんて、話してどうするの? ボクは女優だよ?」  女優の突き放すような口調に、村娘は目を丸くして黙り込む──ただ単純に、意味を解していなかった。女優は黒い目でじろりと村娘を見ると、片方の口角を吊り上げ、あはは、と笑う。 「言葉遊びが過ぎたかな。とにかく、ボクは自分の話をするのが苦手なんだ。アンタの話を聞きたいよ」 「わたし? わたしも、何も……ただの村娘、だし。稲刈りの方法とかしか、話せないよぉ……」 「いいんじゃない、そういうので」  女優がそう言って鼻で笑ったのを聞いた後、御曹司の手を叩く音で沈黙が訪れる。諸君、と上機嫌に声をかけると、彼はテーブルに頬杖を突き、片目を細めて笑んだ。 「諸君は、サカキバラ家に代々伝わる不思議な鏡の話を知っているかな?」 「あ、知ってますっ! 自分じゃない人が写るんですよねっ」  学者が声を上げる。人類学者と名乗っていたが、オカルトにも詳しいのだろうか、と村娘は思案する。勿論、村娘はそんなものを知らない。  隣に座っていた作家も知っていたようで、あー、不思議な鏡ね、と呟く。 「で、触ったら最後、鏡の向こう側と中身が入れ替わってしまう……そんなオカルティックな話でしょう?」 「あ、アタシも知ってるかも。でも、ここにあったんだね、その鏡」 「ご明察。都市伝説にもなっているから、知ってる人も少なくはないと思う」  モデルが猫目でちらりと御曹司を見やると、手に顎を乗せて小さく笑う。御曹司は青のネックレスに指をかけると、お嬢様の方を一瞬だけ見てから、足を組み直した。 「さて、諸君にその鏡をお見せしたいと思う。その噂が本物か否か、その目で確かめていただきたい」 「えっ、俺たちなんかが見ていいのか? 代々伝わる鏡なんだろ?」 「良いに決まってるだろう、この家のトップは俺だぜ?」  何度も瞬く剣道家に、御曹司は少し酔って赤い?をしながら、赤ワインの入ったグラスで指してみせた。隣に座り、ちびちびとワインを飲んでいた医者は、そんな御曹司の肩に手をかけると、飲み過ぎないでよ、と如何にも医者らしいことを言うのだった。  村娘とて、オカルティックな話に興味が無いわけではない――むしろ、そういう話は大好きだ。御伽噺のようなパーティに、フィクションのような天才たち、そして意味有りげな怪談話。まるで不思議の国のアリスになったかのような気分で耳を傾けていた。  客人たちもその話題に概ね好意的な印象だ。若いメンバーたるモデルやゲーマー、剣道家やピアニストは目を輝かせているし、記者や作家からしたら良い記事・物語が書ける絶好のチャンスだ。司書も本が好きだろうから、村娘の気持ちも分かるだろう。やや警戒気味なのは家政婦だが、それもそうだ、お嬢様がきらきらと目を輝かせてそれ以外見えないといった様子だからだ。  弁護士は口を尖らせると、作り話に決まってるわ、と呟く。酔いの回った顔で、赤い目を細めた。 「そんな化学的に証明できないこと、存在するわけ無いじゃない」 「あれ、弁護士さん、怖いんすか?」 「な、怖くは無いわよ! 言ったわね⁉ いいでしょう、私も付いて行くわ!」 「えーっと、女優さんはどうっすか?」 「アンタらに任せるよ」  音楽家に問われ、弁護士は反射的に眉を吊り上げる。音楽家は嬉しそうに口角を上げると、女優の方に目を向ける。能動的に女優と関わろうとしたのは、村娘を除けば彼が初めてだろう。  村娘の隣にいる女優は、一口も飲まなかったワイングラスを置くと、残っていたデザートに手を付け始める。その様を見て、決まりだな、と御曹司が言った。  皆立ち上がると、御曹司に招かれるまま、地下へと降りていく。微かに埃臭いその空気が、村娘には懐かしく感じられた。  気がつけば、隣には作家と司書が戻ってきている。ミステリー作品の話は終わっていたらしい。村娘の顔を覗き込むと、作家は目をきゅっと細めて微笑む。 「なんだか楽しそうじゃないか、キミ」 「そうかなぁ。わたしも、オカルトっぽい話は好きだよぅ」 「そっか。ワタシも、昔からファンタジーばかり読んでいたから。作家さんも、オカルト大好きだもんね」 「大好きさ、そりゃあ! オカルトに見せかけたサスペンスものとか最高に滾らないかい⁉」  拳を握り、目を煌めかせる作家を見た後、司書と村娘は顔を見合わせ、同時に吹き出す。そうして最後の一段を降りると、御曹司が扉を開けて待っていた。  小さな電気を付けると、微かに埃を被った調度品や絵画の数々が現れる。そのどれもに価値があるのか、お嬢様と家政婦が息を呑んでそれらを眺めた。学者もそれらに近づくと、わぁ、と声を上げる。 「ここは、御曹司殿の宝物庫、といったところですかねっ、きっと値打ちのある芸術品ですよね!」 「私の家にも、こんなに高価なものが隠されてたりするのかな。家政婦さんは知ってる?」 「う、うちは知らんよ、うちはお嬢様専属の家政婦で、キララ家のことは聞かされてないから……」 「ははは、驚くなかれ。問題はここからさ」  御曹司はそう言うと、芝居掛かった動作で紫の布がかけられた大きな何かを指した。おそらく、これが姿見なのだろう、と村娘は考えつつ、客人たちの目線が布を掴んだ御曹司に向けられるのを眺めていた。  医者は御曹司の耳元で何かを囁いたが、彼は小声で何かを返すと、医者をお嬢様の方へと下げた。そして、緩やかに布を引き払う。客人たちの目は、現れた大きな鏡に向けられ、声は鏡に奪われた。  近寄った客人たちは、皆揃って目を丸くする。鏡の向こうには、姿も形も全く違う人間が立っていた。村娘の目の前には、赤く長い髪をした緑の着物の女性が立っている。頭には狐のような耳が生え、背後では赤い尻尾がゆらゆらと揺れている。  村娘が顔を寄せると、鏡の向こうの女性は口角を上げ、にやりと笑った。彼女は慌てて身を引く。  隣に寄って来た作家の姿見には、紫色のツインテールのお姫様のような女性が映っている。作家は眼鏡に指を当てると、おぉ、と興奮気味に唸る。 「本当だ……まるで、生きてるみたい!」 「す、凄い……」  作家の次に声を上げたのはお嬢様だった。桃色の髪を結んだ、水色のドレスの女性が鏡の向こうでじっとお嬢様を見つめている。  客人たちは各々、姿見に近寄ったり、ポーズをとってみせたり、鏡に話しかけたりし始めた。それを御曹司と医者は少し引いたところで眺めている。  村娘がふと女優に目をやると、彼女は姿見には近寄らず、黒い目を細くしてその先を睨みつけていた。村娘がその視線の先を追えば、そこには誰もいない。何も映っていないのだ。 「ねぇ、女優さん――」  彼女が鏡を背にして女優に声をかけようとした、そのとき。村娘は、何かに強く引かれ、ふらつき、鏡に背をつけた。  刹那、パリン、と高い音が鳴る。モデルとゲーマーが悲鳴を上げた。背中を付けたところから、ヒビがみるみるうちに広がり、蜘蛛の巣のようにして姿見を覆っていく。嗚呼、と御曹司が嘆息を漏らす。 「……触れてしまった」  触ったら最後――客人たちの頭に浮かんだのは、その伝承だった。  腰が抜けたように座り込んだ村娘は、ぽかんとして宙を見つめる。客人たちの目を集め、彼女は何度も瞬きをした。  組んでいた手を離し、女優が、ばっ、と村娘に駆け寄る。村娘の手を引くと、ふらつく彼女を引き起こした。そして、目を見開き、彼女の頬に手を当てる。 「アンタ、今何したか分かってんだろうなァ⁉」 「……う」  村娘は小さく呻くと、ゆっくりと振り向く。客人たちの目も、糸を引かれるようにしてそちらへと向いた。女優の黒い目も、村娘の背後へと逸らされる。  割れた鏡の前に、赤く長い髪をした女性が立っていた。彼女はクスクスと笑うと、狐の尻尾をゆらりと揺らし、村娘と全く同じ声で、一言、御機嫌よう、と言った。 「御機嫌よう、化学の国の人間さん。ワタシのおかげで、ようやくこちら側に来られたわぁ」  キセルを片手に、茶の目を弓形に変える。それを合図に、もう一度高い音が鳴り、お嬢様が耳を塞いで叫んだ。即座に医者が駆け寄り、その手を取る。  足を引きずるようにして近づいてくる女性に、村娘は後退りをする。その後ろで、女優が目を吊り上げ、赤い女狐を睨んでいた。 「そして、初めまして、こちらの世界のワタシ。ワタシは鏡の国から来た、ナギと言うのよぉ。アナタと同じ、アナタの鏡写しよぉ」 「な、なんで……あなたが、わたしを引っ張ったの?」 「さぁ、どうかしらねぇ。誰かさんがアナタを引っ張ったのかもしれないわよぉ?」  キセルで客人たちを舐るように見回し、煙を吸うと、ナギと名乗った女性は指を鳴らした。  咄嗟に御曹司が階段を駆け上がっていく。その後を、ぞろぞろと剣道家や記者が追いかけた。しばらくして、ドンドンドン、と鈍い音が階上から聞こえてくる。  村娘は他の客人たちも逃げ出したのを見て、慌てて階段の方に走って行く。そして、上りきったところで、呆然とした顔で立ち尽くした。  窓や扉に、赤茶けたサークルが書かれていた。村娘たちには少しも読めない文字が書き連ねてある。そんな扉を、剣道家と御曹司が何度も叩き、蹴り、ぶつかっている。 「クソッ、何で開かないんだよッ! 何だよ、これ……ッ!」 「こんなセキュリティは用意してないはずだ、何で……!」 「あらあらぁ、ワタシを呼んじゃったんだもの、もう逃げられないわよぉ?」  村娘の背後から、ひたり、ひたりと、静かな足音が近づいてくる。客人たちは魔法陣の書かれた扉を背に、ナギと名乗った女性を凝視し続ける。  腰が抜けたように、村娘は座り込んだ。すると、頭上からひらひらと、一枚の羊皮紙が落ちてくる。それを皮切りに、天井を見上げた客人たちの手には、人数分の紙が落ちてきた。  紙を見ると、弁護士が震え出し、お嬢様が怒り出す。音楽家が顔を青くし、剣道家がわなわなと口を動かす。モデルは嫌悪に顔を歪め、何よ、これ、と低い声で言った。 「何、これ、ゲームしろ、って言うわけ……⁉」 *** 皆さんの中に、《人狼》と呼ばれる鏡の国からやってきた成り代わりが三人ほど混じっています。《人狼》は夜になると会議を執り行い、皆さんを一人ずつ殺しに行きます。 そして、皆さんと同数以下になった瞬間、本性を現し、皆殺しにします。 今から皆さんには、この《人狼》を探してもらいます。 皆さんは今から、人狼陣営、村人陣営、妖狐陣営に分かれ、殺し合いをしてもらいます。 夜になれば、《人狼》が村人陣営を喰らい、昼になれば、皆さんで話し合っていただき、誰か一人を処刑してもらいます。 この中には裏切り者が二人ほど存在します。 片方は、《狂人》と呼ばれる、《人狼》と同じ陣営に属する者。何の能力も持ちません。 片方は《妖狐》と呼ばれる、単独で妖狐陣営を率いる者。《人狼》からの襲撃が無効になります。 この二人が、このゲームの主催者です。 とはいえ、化学の国に住まうあなた方が魔法の国より参上した《人狼》と戦うにはアンフェアです。ですので、こちらから村人陣営へいくつか助け舟を出しましょう。 《占い師》になったあなたは、夜になると任意の一人を占い、《人狼》か否か知ることができます。 また、《妖狐》を占った場合は、その日の夜に《妖狐》を呪い殺すことができます。 《霊能者》になったあなたは、夜になると、その日に処刑された人が《人狼》か否か知ることができます。 《狩人》になったあなたは、夜になると任意の一人を選び、《人狼》の襲撃からその人を護衛することができます。自身を護衛することはできません。 《共有者》になったあなた方二人は、夜の間に会議をすることを認められています。互いが《共有者》であるという保証が得られます。 一方、他の村人陣営では、夜の間に会議をすることは認められていません。 《猫又》になったあなたは、《人狼》から襲撃された場合はその《人狼》を道連れにすることができ、処刑されたときはランダムで一人を道連れにすることができます。 もしも《猫又》が生存していて村人陣営の勝利でゲームが終了した場合、猫又単独の勝利という特殊な処理を行います。 《村人》になったあなたは、村人陣営に属します。何の能力も持ちません。 勝利した陣営のみ、この館から抜けることを許可します。 初日の襲撃は無しとさせていただきます。それでは皆さん、自室に戻ってください。良い夜をお過ごしください。 *** 「如何にも。御曹司さん、一人一つ客室を用意してるでしょう? そちらにみんなを案内してあげるといいわぁ、そこで役職を確認させてあげてちょうだい?」 「……ふざけるな、このゲームに俺たちで乗れと?」 「当たり前でしょう? というか、拒否権は無いわよぉ。アナタたちじゃここから出られないでしょうし、もう《人狼》はアナタたちの中に紛れ込んでいるのよぉ? ほら、鏡に触ったら最後、鏡の中の人と入れ替わっちゃう、って言われてたでしょう?」  客人たちがざわつき、互いを見合う。姿形に変わりは無い。家政婦が小さく悲鳴を上げ、お嬢様の腕を掴んだ。 「お嬢様、殺人鬼がこの中にいるんだよ⁉ 早く隠れましょう!」 「そ、そんなこと、言われたって……だって、あんただって……」 「見て分かるわけ無いでしょう? そんな狸みたいな下級な変身魔法、ワタシたちみたいなプロが使うわけ無いじゃない」  お嬢様と家政婦が硬直する。一触即発、張り詰めたピアノ線のような空気になった場の中、村娘は純粋な恐怖に胸が締まるのを感じていた。  誰もが互いを疑っている――その状況が、強張った表情を見るだけで分かる。どよめく客人たちの中、女優だけが憎悪に燃えた黒い目で女狐を睨みつけている。  御曹司は静かに、分かった、と答えた。絞り出すような、溜め息混じりの声だった。 「……こんな状況で、ここにいるのも苦だろう。用意していた客室に、俺と弟で案内していく。お嬢様、家政婦さんとは別室になるが、構わないな?」 「え……う、うん、分かった」  医者と御曹司が一歩前に出て、客人たちを引き連れていく。村娘も作家に腕を引かれ、女狐を後ろ目に歩き出した。  作家の顔は決して笑っていなかったが、他の客人とは違い、意を決したように凛とした表情で前を見据える。 「……とにかく、今はこの人に従おう」 「作家さん……」 「化学の国、って言ってたでしょう。向こうは魔法の国だと名乗った。それが本当なら、彼女たちを外に出してはいけない」  村娘はしばし戸惑い、作家の言葉を呑み込めずにいた。そうしているうちに、医者が村娘を客室に案内し終える。豪華なシャンデリアに、革のソファ、美しいアラベスクのカーペット──どれもが、村娘の住まいとかけ離れていて、村娘の貧相なワンピースがぽつんと空間に浮かんでいる。それゆえに、村娘は実際以上にこの部屋が広いような気がしていた。  医者は村娘に部屋の鍵を手渡すと、眼鏡の下の目を細め、静かに警告した。 「……これより先は、不用意に外に出ませんように。夜は《人狼》の行動する時間です」 「わ、わかったよぉ……」  金色に輝く鍵を片手に、村娘は閉まった扉を唖然として見つめていた。カチャリ、と蝶番が音を立てると、部屋には沈黙のみが同居する。カーテンに近寄り、窓を開け放とうとしても、そこには同じような赤い線が描かれていて、どれだけ押しても引いてもびくりとも動かないのだった。  村娘は小さく息を吐き、ベッドに寝転ぶ。晩餐を終え、外はもう真っ暗だった。これから《人狼》が動き始める──一日目は襲撃が行われないが、彼らはせっかく仲良くなった仲間の皮を被り、成り代わりに目をぎらつかせているのだ。村娘はスイッチを押すと、部屋の照明を消した。  憂い気な溜め息に重なるように、チリン、と鈴が鳴る音がした。目を瞑っていた村娘は、薄っすらと目を開ける。ぼやけた輪郭は赤と緑で構成されている。商店が定まってくると、きゃあ、と声を上げ、ベッドから飛び出た。  鍵を締めたというのに、そこに人が立っている。ナギと名乗った、女狐だ。キセルの先から煙を燻らせ、御機嫌よう、と、紫色の声で話しかける。 「アナタに役職を伝えに来たわよぉ」 「あ、あなたは……!」 「大丈夫よぉ、ワタシは一時的なゲームマスターだものぉ。それに、ワタシだってモロホシナギよぉ?」 「何のつもり⁉」  村娘が後退りすると、ふわり、と目の前を白い何かが落ちていった。拾い上げれば、一枚のカードだと分かる。そこには、二文字、漢字が書かれている──村娘はその文字を凝視した後、胸にカードを当て、大きく息を吐いた。  わたしは《村人》だ──目の前にいる女狐に、成り変わられてなどいない。ベッドに座ると、村娘はきっ、と鋭い目つきで女狐を見つめた。 「あらあら、そんなに怖がらなくていいのよぉ。ワタシ、何もしないわぁ」 「……そう簡単に、信じられないよ」 「本当なのに。これから毎晩、ワタシはここを訪れるわぁ。そうねぇ、同じ名前っていうのも都合が悪いしぃ、ワタシのことは『アカネ』とでも呼んでちょうだい」  アカネと名乗った女狐は、尻尾を揺らして目を細める。耳がぴょこぴょこと動けば、口から煙が吐き出される。煙の向こうの茶色の瞳は、村娘を蔑むように、酷く冷たく光っていた。  村娘がその視線に強い嫌悪を持って口を結んでいると、ふと、どこからともなく、誰かの怒鳴り声が聞こえた。アカネも耳をぴくりと動かし、そちらに目を向ける。 「あらあらぁ? とっても不用心な人がいるみたいだわねぇ」 「……《人狼》が話し合ってるの?」 「さぁ、どうかしらぁ? アナタに関係、あるのかしらぁ?」  アカネは肩を揺らして笑う。村娘はベッドから立ち上がると、金色の鍵を片手に、アカネに近づいていく。そして、眉を寄せ、一言、消えてよ、と冷たい声で言い放つ。 「まぁ、ワタシが目障りかしらぁ? そうかもしれないわねぇ」 「わたしは、あなたを信じてない」 「ふふふ、みんなそう言うのよぉ」  村娘の声色を気にも留めず、着物の袖から扇子を取り出すと、口元を隠して小首を傾げてみせる。狐の笑みを残すと、キセルから上る煙が一層濃くなり、アカネの輪郭を包み込む。煙が消え去ったとき、そこにはアカネはもういなかった。  握り締めた金色の鍵と、白いカードを片手に、村娘は複雑そうな顔で、広い広い部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
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