二日目

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 誰一人としてアイスブレイクを好まなかった。村娘も机の上を見つめ、手を膝の上に置いたまま固く口を結んでいた。話し合いをリードする自信が無かったのだ。  この中から誰か一人が処刑される──おそらく、多数決に逆らえば、アカネが御曹司にしたように苦しめられるのだろう。いわば、後頭部に拳銃を突き付けられた状況で、口を勝手に開かされるようなものだ。  カツン、という音がして、村娘は思わず顔を上げた。女優がハイヒールを机の上に乗せていた。ちょっと、と弁護士が声を上げる。 「無作法にも程があるわ」 「はぁ? 煩ェんだよクソアマ。とにかく、能力者は名乗り出たらァ?」 「な、クソアマ、って……!」  赤い目を吊り上げた弁護士を制するように、モデルが声を上げる。女優はといえば、流し目でモデルを見つめて口を噤んでいた。 「……告白するよ。アタシ、《占い師》だった。夜の間に、鏡に映ってたアタシが出てきて……占え、って言ってきたの」 「それなら、あたしも同じよ。鏡に映ってたあたしが、あたしの役職を告げたわ」 「……よく分かんなかったから、昨日仲良くなった剣道家さんを占った。剣道家は、《人狼》じゃない。だから、本物だよ」  モデルは胸に手を当て、隣に座る剣道家に松葉色の目を向ける。剣道家は胸を撫で下ろすと、硬かった表情を崩した。 「よ、良かったぜ。そうだ、俺は《人狼》じゃないからな」 「待ってほしいな。本当の《占い師》は、モデルさんじゃないかもよ?」 「何でよ?」  剣道家とモデルの視線が発言主に向かう。司書は頬杖をつくと、薄笑いを浮かべてモノクル越しに家政婦を見やった。家政婦は眉を寄せ、裾を握りしめる。 「モデルさんは偽物だよ。ワタシが本当の《占い師》だからね」 「な……《占い師》が二人も?」 「……二人、じゃないやんな、お嬢様。うちが本当の《占い師》だから」  お嬢様は司書から隣の家政婦に目を向けた。司書は、やっぱりね、と呟くと、モノクルに手を掛けて少し顎を上げて続けた。 「役職の伝え方は、多分みんな同じなんだろうね。ワタシが占ったのは、音楽家さん」 「え、えっ、何でオレ?」 「あみだくじしたら音楽家さんになったんだ。でも大丈夫、音楽家さんは《人狼》じゃないよ」 「うぇっ、あ、はい、そうっす、オレは《人狼》じゃないぜ!」  音楽家が戸惑いながらも、胸を張って答える。されど、家政婦の表情は曇ったままだった。沈黙を貫く家政婦は、目を泳がせて肩に力を入れる。  村娘の隣に座っていた作家は、何かメモを書きながら、家政婦さん、と平静な声で呼びかけた。 「本当の《占い師》は一人しかいないんだよ。だから、残り二人は偽物。そう信じて言ってくれないと困るよ、私たちだって情報が欲しいんだ。《霊能者》だって翌日にならないと能力が使えないわけだし」 「……うちは……うちは、その……うちも、適当に占ったんよ……それで……」  もごもごと口を動かした後、家政婦はきゅっと目を閉じて、悲鳴を上げるような声で答えた。 「き、記者さんが、《人狼》だったんよ!」  視線が記者に集まる。だが、何より反応したのはモデルだった。記者は手を組んで椅子に寄り掛かったまま、吊り目を開いてペリドットの目を家政婦に向けている。  隣のゲーマーも慌て出し、ズレた眼鏡を直すと、そ、そんなこと無いよっ、と声を上げる。 「だ、だって、モデルさんは記者さんの友達で、偽物だったら分かるはずだよー!」 「そうだよ、アタシは昨日も記者さんと話した! それでも普段の記者さんと変わったところなんて無かったよ⁉」 「そ、そんなこと、言われたって……うちは、うちの鏡の中にいた人に、記者さんは《人狼》だって言われただけなんよ」 「違う! アタシは信じないッ! そうだよね、記者さん⁉」  剣道家とモデルが心配そうに記者を見やる。記者は小さく息を吐くと、ぎろりと家政婦を睨みつけた。その背の高さと端麗さもあり、凍てつくような視線に家政婦はびくりと肩を揺らす。それに対し、お嬢様は声を張ると、記者を制する。 「ユズちゃんが本当の《占い師》だったら、記者さんが《人狼》なんだよッ!」 「……現状、三人も《占い師》がいる。偽物が二人もいるんだ。ここに《人狼》や《狂人》、《妖狐》が混じっているのは確実。ならば、私を処刑するより《占い師》を纏めて処刑した方がいいんじゃないか」 「そんな、ユズちゃんが何で処刑されなきゃいけないわけ⁉ 偽物は記者さんの方でしょ⁉」 「お嬢様、感情的になっちゃ駄目だよ。それに、キミはまだ《人狼》か《人狼》でないかも分かってないんだ」  お嬢様を止めたのは作家だった。作家は耳にペンを挟むと、桃色の目で周りを見回す。 「それより、黙ってる他の人は何か意見が無いの? 話し合いって言ってるんだから、情報を落としていってよね。それこそ、偽物が誰か分かる、とか……」 「……あ、あの、よろしいですか」  学者が小さな声を上げ、手を挙げる。視線が集まれば、学者はきりっとした顔つきで、明瞭に発言する。 「わたくしは《共有者》ですっ」 「お、《共有者》か。もう片方は?」 「……その、今は知る必要が無いかと。今はとにかく、場を纏める必要があると思いましてっ。わたくしは《共有者》ですので、《人狼》でないことが唯一分かる役職でございますっ」  へぇ、と御曹司が呟く。息が整ってきたようで、顔色も戻っていた。学者をちらりと見やった後、小さく咳払いをする。 「俺からは特に言うことは無い。だが、俺は《霊能者》がいるのだから、記者さんを処刑したら結果が分かるはずだと思う。だから、《共有者》たる学者さんにはそちらを推しておく」 「それだと、ワタシ目線で本物かどうか分からない人を処刑することになるのだけど?」 「その犠牲であなたの信憑性が獲得できるとしたら?」  司書が片目を細める。村娘にも、御曹司の言うことが合理的だということは分かっていたが、モデルとゲーマー、そして剣道家の視線が集まっているのは感じている。  村娘が何を言おうか戸惑っていると、御曹司が、タクマ、と声をかけた。 「あなただって頭が良いんだ、何か考えは無いのか?」 「……私の意見など、たった今関係あるのかい」 「関係あるに決まってんだろ。明日以降、話し合いにおいて無価値な人間は切り捨てられるぞ。 『沈黙は金、雄弁は銀』というが、使える人間だと示すか否かが物を言うんじゃないのか?」 「……分かった……私としては、まずは多数決を執るべきだと考えます。家政婦さんを信じ、記者さんを処刑するか。情が混じるか否か。そうでないと、『会議は踊る、されど進まず』の二の舞を踏む羽目になります」 「はいはい、もういいよ。充分聞いたから」  女優が口を挟む。医者が三白眼をじろりと女優の方に向けた。女優は足を下ろすと、その足を組み、おい、と記者に呼びかけた。  作家が女優を凝視する。記者は揺らがず、女優を鋭い視線で見つめ返すだけだ。 「今日はアンタ吊りで決定だよ」 「え、その、まだ話し合いは終わってないじゃないですかっ!」 「《占い師》が三人いる状況で《共有者》よりも偉い役職があるの、知ってる?」  学者の言葉を遮り、女優は手を開くと、口角を上げて歪に微笑んだ。黒い目が細まる。 「ボクは《霊能者》だ。対抗は?」 「れ、《霊能者》……今出るのが、本当に得策なのかしら?」 「そうだね。セオリー通りに行けば黙ってるのが良い。でも、この状況で死んだら困るんだよ。ほら、記者さんを庇う《人狼》、《霊能者》として出てきなよ」  弁護士の反論以降、誰も口を開かなかった。女優ははにかむと、決まりだね、と笑う。 「以降、《霊能者》を名乗る者は認めない。即処刑とみなす。さて、ボクからは記者さんを処刑することを指示する。《狩人》はボクを護衛すること。反対の者は?」 「で、でも、それじゃあ、モデルさんや司書さんの結果は──」 「そもそもさァ。ボク、知ってるんだよね。記者さんが偽物だよ、間違い無い。間違ってたら自殺してもいいよ。 ──だから、死ねよ、ユリ」  口を出したゲーマーがぴたりと止まる。記者は目を閉じ、村娘を見やった。村娘ははっと顔を起こす。 「そういえば、村娘さんには何も聞いてないんじゃないか、女優さん」 「……そうだね。沈黙を貫いてたわけだけど、アンタはどう思う?」 「わ、わたし、は……」  村娘の声は震えていた。二人の視線は鋭い刃物のようにぎらついている。自分の持っている《村人》のカードしか、彼女の自信を後押しする存在は無く、《占い師》に判定されるまでそれは意味を成さないのだ。  しばらく悩んだ後、村娘はようやく言葉を紡ぎ出した。 「……え、えぇっと、そのぉ、多分、御曹司さんが言ってくれたので、いいと思う……《狩人》が《霊能者》を守ってくれれば、明日家政婦さんが偽物かどうか、までは分かるんだよねぇ」 「言っとくけど、万が一記者さんが《人狼》だったとしても! アタシが本物じゃないって証明にはならないからね⁉」 「ふふ、それはワタシもだねぇ、モデルさん?」 「え、そうなの……?」  村娘がぽかんと口を開けて答えれば、作家は、そうだね、と言ってこくこくと頷く。 「もしも《狂人》や《妖狐》が《占い師》だと騙っているなら、偶然本物に当てちゃう可能性もあるよ。それに、あえて身内──自分の味方を殺すことで信用を得ようとしている《人狼》かもしれないんだから」 「う、うちは《人狼》じゃない……! 間違ってたら、うちを殺してもらっても構わないッ!」 「まぁまぁ、そんなに熱くなるなよ。全ては明日分かることなんだからさ。いいよな、《共有者》さん?」  熱を上げる家政婦を嗜めるように言うと、御曹司は狐の仮面を見やった。学者は緑の着物の袖で口元を隠した後、こくりと頷く。 「……今日は、記者さんを処刑します。多数決で、別の人に入れたい人は入れればいいと思いますっ」 「でも、今の状況で、《共有者》と《霊能者》と足並みを外す者は信用ガタ落ちだからな、覚悟しておいた方がいいぜ?」  《共有者》たる学者に続き、御曹司はへらへらと笑いながら脅しをかける。ゲーマーや剣道家の目線が逸れた。モデルと司書は御曹司を見つめ、各々笑っていたり、怒りを示していたりする。 「アタシは入れないよ。家政婦さんが偽物だし。ね、剣道家さんもそう思うでしょ?」 「……そうだな、俺もモデルさんを本物だと信じてるし……」 「その理論でいったら、音楽家さんもワタシと同じで家政婦さんに票を入れてくれるよね?」 「え、えっ、それは……」  村娘は心の内で数を数える。  《共有者》と《霊能者》に足並みを揃えるのは、学者、女優、作家、お嬢様、家政婦、御曹司、医者、弁護士。  おそらくゲーマーは従わないだろうから、家政婦に入れるのはゲーマー、剣道家、音楽家、モデル、司書、記者。  六対七。もしも村娘が家政婦に入れれば、家政婦と記者への票は同数になる。しかしながら、《共有者》と《霊能者》に足並みを合わせないのは、翌日以降の印象に影響する。  すると、アカネが大きな溜め息と共に、もうそろそろいいかしらぁ、とつまらなそうに声をかけた。 「待ってよ。もう一つ指示しなきゃならないことがある、そうでしょう、《共有者》さん?」 「え、何かありましたっけ……?」 「《妖狐》がいる。ってことは、《占い師》は次に占う先を指定しておいてよ。もしも明日(妖狐)が占い殺されていたら? それだけで信憑性を持たせられるでしょう?」  女優はそう言って三人の《占い師》に目配せした。フウカは、うーん、と言って斜め上を見た後、ちらりと御曹司を見た。 「ワタシは御曹司さんを占おうかなぁ」 「へぇ、俺か。悪くないな」 「なら、アタシは作家さんを占う。頼りになりそうだし」 「……そっか、そういうことね……分かったよ、任せたよ」 「……うちは、村娘さんを」  えっ、と村娘は顔を上げる。家政婦はオパール色の目を逸らしながら、おどおどと続けた。 「あんまり、話してくれなかったけど、でもなんか……戦略を考えてくれてはいるみたいやし……」 「そ、そうかなぁ。いいよぉ、占って」  村娘の口角が緩む。自分が《人狼》でないと証明されれば、少しは荷が軽くなる──それがたとえ、偽物の《占い師》から出された結論であっても。  女優は、では、これにて閉幕で御座います、と少し声を張り、アカネを睨みつけた。 「投票を始めるわよぉ。せーの、で誰を殺すか指を差してちょうだぁい」  アカネはぶるりと尻尾を震わせると、せぇの、と気怠げに声を上げた。  村娘は目をきゅっと瞑り、記者を指した。ゆっくりと目を開ければ、モデル、司書、音楽家、剣道家、記者以外は皆、記者を指していた。ゲーマーは、震える手で記者を指している。  モデルが手を下ろし、ちょっと、と噛み付くようにゲーマーに声を振りかける。ゲーマーはびくびくと震えながら、桃色の眼鏡の下で目を泳がせた。 「う、うぅ、だって、ぼく、死にたくない……」 「記者さんは《人狼》じゃないのに……!」 「あらあらぁ、今日の処刑は記者さんみたいねぇ。では、これから処刑を執り行うわぁ」  そう言うと、アカネは指を鳴らす。客人たちが気がついたときには、机の上に銀色のリボルバーが置かれていた。シャンデリアの光を受けて、神聖に輝く。お嬢様が小さく悲鳴を上げた。 「この銃で撃てば、中身の『ミラージュ』を引き剥がせるわよぉ。まぁ、普通の人間を撃っちゃえば普通に死んじゃうんだけどぉ。ってことで、処刑人は記者さんに投票した中から一人選んでもらおうかしらぁ」  ゲーマーが耳を塞ぎ、悲鳴を上げて座り込む。記者に、自分の友人の友人に投票したがゆえに、処刑人候補に選ばれてしまった。  嘘でしょ、と繰り返すモデルは、記者に身を寄せる。 「誰が殺すの⁉」 「や、やだ、ぼくは殺したくない……!」  狂乱する二人、そしてその二人の顔を見られない投票者。無論、村娘もその中の一人だった。他の客人同様、アカネが処刑するのだと思っていたのだ。顔を銃から背け、硬く目を瞑る。  カチャリ、と何かが触れる音がした。村娘が驚いて目を見開くと、女優が銀のリボルバーを手にしていた。銀で出来た銃弾を取り出して確かめると、片目を閉じて構えてみせる。  アカネは愉快そうに笑うと、被告人、執行人、こちらへ、と誘導した。記者は揺らぐことなく、凛々しい顔つきのままアカネの誘導する方へと赴く。女優も髪を靡かせ、ハイヒールを鳴らして悠揚と歩いていく。  家政婦が、お嬢様、と言って手を引いた。処刑場を見せないようにしている。  御曹司と医者は目を背けること無く、二人を見つめている。  学者はテーブルの上を見つめ、口を噤む。  剣道家は座り込んだゲーマーを心配するようにしゃがみ込み、青の着物を床につけていた。  弁護士と音楽家は目を逸らし、青ざめた顔をしている。  司書と作家もまた、目を背けようとしない──顔を覆った村娘とは違う。手で顔を覆い、村娘は必死に視界を隠した。 「何か言い残すことは?」 「私が死んで貴方様が私を《人狼》でないと判定したなら、家政婦さんを殺せ。それだけ」 「あっそ。まぁ、想定内の無能さだよね。ってことで、死ね」  村娘は、指の隙間から、確かにその瞬間を目撃していた。  女優は躊躇いなく引き金を引き、背の高い記者の頭に銃弾を命中させた。血の花が咲く。弁護士やモデルが金切り声を上げる。崩れ落ちる。  村娘の心臓は絞られるように苦痛を与え、拍動は速くなる。ヒュウ、ヒュウ、と吐息が漏れる。  硝煙が上がっていく。女優は拳銃をくるりと回して、机の上にリボルバーを投げ捨てた。 「御機嫌よう、諸君。ボクはもう部屋に戻るよ」  女優は、動かなくなった記者の体を、何事も無いようにハイヒールで踏みつけ、部屋を出て行った。アカネも満足げに微笑むと、指を鳴らし、記者の死体を狐火で燃やし尽くし、骨までも灰にしてしまった。  去ったアカネと女優。発狂するモデルとゲーマー。二人を落ち着かせようと必死な剣道家。拳を握り締め、震わせる学者。立ち上がれない弁護士と、それを支える音楽家。酷く冷めた目をした御曹司と医者。泣き出すお嬢様と半狂乱で慰める家政婦。  村娘は呆然として立ち尽くしていた──居心地が悪い、と思った。  作家と司書は、息を吐くと、誰よりも早く立ち上がった。顔色は悪いが、他の客人よりもショックは小さいようだった。行き場を失った村娘に寄ってくると、私たちも行こうか、と声をかけた。  村娘は戸惑いながらも、二人の後を追うようにして早足で部屋を出る。慣れぬパンプスが、歩くたびに軋んでいた。
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