46.墓参り

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46.墓参り

「サザ様、またお手紙が来ていましたよ。お友達から。  こんなによく手紙を下さるなんて、ずっと仲の良いお友達なんですね」  ヴァリスが報告をしに来て数日後、夕食の前に部屋に居たサザのところへローラが手紙を持ってきてくれた。 「そうなの。幼馴染の、大好きな友達。ありがとう」  サザはヴァリスが来たその日の内に、カズラとアンゼリカにユタカの件が解決したことを伝える手紙を書いた。きっとその返事だ。  サザが手紙を開けると、落ち着いたことだし、次の週末に三人でレティシアの墓参りをしないかと書いてある。  せっかくなので久しぶりに二人と沢山話がしたかった。 (ユタカに行ってもいいか聞いてみよう)  ― 「もちろんいいよ。  近衛兵ももう付けなくていいだろうし。行っておいで」  夕食の席でサザがユタカに聞くと、ユタカは微笑んで二つ返事で了承してくれた。 「ありがとう。前に結婚式に来てくれた友達二人だよ。暗くならない内に帰ってくるから」 「ああ……勝手に求婚状を送ってきた例の二人か。  おれはちょうどその日、国王陛下に呼ばれてるんだ。サザが出かけるんだったら、リヒトはおれと王宮まで一緒に行くか?  打ち合わせはおれと国王しか入れないけど、その間に王宮を案内してもらうように頼んでみるよ」 「王宮!? 行きたい!!」  リヒトは椅子から大きく飛び上がって喜んだので、サザにたしなめられた。 「あれ……でも、もうすぐ謁見の予定があったよね? 確か来週」  週末の謁見は二十五の誕生日の節目として行われるものだ。  王族と同じ様に二十五までに結婚する決まりのあった領主のユタカに対してお祝いと、今後の抱負を述べさせる形式的なものだという。領主はやることがいろいろあって大変だ。 「そう、そのことで、先に下話があるって」 「前の謁見の時もだけど、国王陛下はずいぶん念入りな方だね」 「はは……そうだな。  まあ、いい加減よりは良いんじゃないか?  それに、謁見だとゆっくりは話せないから、今回の件が解決したことも十分お礼をしてくるよ。リヒトもちゃんと紹介したいし」 「それもそうだね。  謁見のときのリヒトの服の準備をローラに頼んでおこうね」 「うん!」  リヒトはもう待ちきれないような様子で、美しい銀色の瞳をさらに輝かせた。  ―  週末になり、サザは馬に乗ってトイヴォに出かけた。嫁ぐときは馬車だったのでトイヴォからイーサまでは丸一日かかったが、馬を走らせればずっとずっと早く着く。  ユタカと結婚してから、馬で一人きりで出かけるのは初めてだ。  サザは鞄に、ずっとしまってあったナイフを入れてきた。カズラとアンゼリカに処分してもらおうと思ったのだ。  結婚の時は捨てられずに持って来たが、こうやってユタカの危機が去り、ユタカとリヒトとの平穏な暮らしの中では、もはや、完全に必要の無いものだ。  自分の気持にも整理をつけるためにも、サザが暗殺者である象徴のようなナイフは、もう手元に無いほうが良いと思ったのだ。ただ、イーサで処分するのは危険すぎるので、二人に頼むのが確実だ。 (手紙はやりとりしていたけど、会うのは結婚式以来だ。楽しみすぎる……)  ―  サザは待ち合わせ場所であるトイヴォの馬宿に着くと、先に到着していたカズラとアンゼリカが大きく手を振って出迎えてくれた。 「サザー!! 会いたかった!」 「久しぶりだな。また会えて良かった」  馬を降りたサザに、いつもの様にアンゼリカがサザを押し倒しそうな勢いで抱きついてきた。後からカズラも走り寄って来た。 「本当に、こんな日が来て。良かった。二人共ありがとう」  サザから身体を話したアンゼリカとカズラも笑った。 「じゃ、早速行こっか。馬宿で馬を借りてくるね。私とカズラは二人で一頭にするよ。ちょっと節約」 「うん、待ってるね」  レティシアはトイヴォとイーサの境界から少し外れた森にある墓地に埋葬されている。  イスパハルでは「死者は森に還る」という信仰がある故に、墓地は必ず森の中に作られるのだ。  馬宿から馬を引いてきたカズラとアンゼリカと共にサザは馬を走らせて出発した。  こうやって三人で馬を走らせるのはカーモスで暗殺者だった時ぶりだ。  暗い過去ではあるが、そんな中でもみんなで馬で掛けるのは好きな時間だったことを思い出す。  こんなに自由な気持ちで並んで馬を走らせことが出来る日が来るとは思わなかった。  サザはそれだけで何だか泣きそうになってしまう。 「サザ、謁見の時はさあ、大変だったよね!  ほんと、びっくりしちゃったけど、何もなくて良かった。さすがサザよね!」  並んで馬を走らせながら、手綱を持ったカズラの前に座ったアンゼリカがサザに話しかけてきた。 「あれ? 見に来てたの?」 「もちろんだろ。サザが来るのに。  人でごった返してたから気づかなかっただろうけど、サーリさんとアンゼリカと私で、トイヴォの参道にサザと領主様の隊列を見物に行ったんだ。  領主様がサザをお姫様抱っこしたところで私達はめちゃくちゃ盛り上がったぞ」 「うわあ……恥ずかしい……」  サザは苦笑いをしたが、この三人で、こんな他愛の無い話をするのが楽しいのだ。  そんな話をしながらしばらく馬を走らせると、程なくしてレティシアの墓地へと到着した。 ―  墓地は森の中のやや開けた空間にあり、四方を木々に囲まれている。鳥のさえずりと木々のざわめき、新緑の匂いが心を落ち着けてくれる。  墓地なのに悲壮というよりは優しい雰囲気がするのはやはり、森の中にあるせいだろうとサザは考えた。  木々の合間に多くの墓石が並んでいるが、新しそうなものが多い。戦争で無くなった人達なのかもしれない。  遠くの木々の合間にサザ達の他にも何組か墓参りに来ている人たちが見えた。 「レティシア、来たよ。なかなか来れなくてごめんね」  近くの適当な木に乗ってきた馬を繋ぐと、レティシアの墓前でサザは謝った。  昼食にとカズラとアンゼリカが買ってきてくれたパンの一つをレティシアの墓の前に置く。甘いものに目が無かったレティシアがいかにも好きそうな、木苺のジャムがたっぷりと巻き込んであるパンだ。  三人はパンを食べながら墓の前に座り込んで延々と話をした。レティシアが生きていた時の様に、四人で車座になって話したかったのだ。 「しかし、領主様を狙っていた暗殺者組織というのはどんな奴らだったんだろうな。まあ、でも私達程じゃないんだろうけどな」 「そうよねえ。てか、私達三人が暗殺者組織を作ったら、絶対に絶対に最強なのにね」 「……確かに!」 アンゼリカの言葉に、カズラとサザは思わず激しく頷いた。 「あたしたち、暗殺だけじゃなくて、諜報とか、闇売買のルート掴むとか。そんなのだったら誰よりも上手く出来るじゃない。  国軍の人達にだって負けないわ。絶対イスパハル一よ」 「その通りだな」 「うん、絶対に誰にも負けないね。……この三人で、やってみたいなあ」 「ねえ、楽しそう」 「そう出来たらいいよな」 だが、それ以上には三人は誰も言葉を続けず、ただ、空を見上げた。  そんなことは暗殺者が忌み嫌われるイスパハルでは、絶対に絶対に不可能だからだ。  サザ達の頭上では、新緑を透かした木漏れ日がきらきらと輝いている。 「でも、イスパハルでこんなにいい暮らししてるんだもん。カーモスに居た時は考えられなかった。 それなのにこれ以上高望みしちゃ駄目、よね」 「……そうだな。私達はもう、暗殺者ではなく『普通の娘』になったんだ。  それだけで十分に幸せなことだ」 「うん。こうやって毎日平和に暮らせるんだもんね……」 三人はお互いの顔を見合わせ、少しだけ笑いあった。アンゼリカがはっと、何かを思い出したような顔をして口を開いた。 「そういえば、こないだ偶然トイヴォの市場でサーリさんに会ったんだけど。  サザの話ししたら、平和になったお祝いに特別に軍の食堂に入れてあげるから料理食べに来てって言ってた」 「ええー絶対行きたい……!」  時間を忘れてそんな話をし続けていたら、気づけば少しずつ日が傾いてきた。  サザ達以外の墓参りに来た人たちは誰も居なくなっている。こんなに長居をしていたのはサザ達だけだったのだろう。 「そろそろ、私は帰り支度始めようかな。日が暮れる前にイーサに着かないといけないから」 「そうだな。それならそろそろ出たほうが良さそうだ。  サーリさんの料理を食べに行く日はまた決めよう」 「あ! そうだ、二人にお願いがあるんだった。  ナイフを処分して欲しくて持ってきたの」 「ちょ、サザ今日ナイフ持ち歩いてたの!?  てか嫁入り道具にそんなの持ってっちゃ駄目でしょ!!  ばっかねえ! ばれたらどうすんのよ!」  サザの言葉にアンゼリカが腹を抱えて笑いだした。 「だって、捨てられなかったんだもん……」  サザは唇を突き出して言うと、笑いを堪えている様子のカズラが続けた。 「全くアンゼリカの言う通りだが……サザらしいな。  だが、処分と言っても、トイヴォに戻ると難しいな。怪しまれるから売るわけにもいかないし。  私の働く道場に来てる子どもに聞いた話だが、ここからイーサに向かう方向で少し道を外れたところに小さい池があるんだ。  イスパハルの人は夏によく池や湖で泳ぐけど、その池は何でも、森の乙女の伝説に出てくる由緒のある池らしくて、誰も泳がないらしい。  そこに沈めておくのが安全だと思うんだが、どうだ?」 「それ、よさそうね!  水に入れとけばすぐ錆びて使えなくなるだろうし。  森の乙女様達にはちょっと申し訳ないけど、サザはイスパハルの英雄の命を助けてるんだから、大目に見てくれるっしょ」 「なるほど……じゃあその池に寄っていい?」 「ああ。もちろんだ。そろそろ行こう」  三人はレティシアの墓石に手を振って馬に乗り、墓地を後にした。
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